第46話 襲撃(7)
青狼たちと距離を取るために反対側に寄ったが、既に部屋は人と青狼で二分されている。誰か動けば即座に、動かずともそろそろ襲いかかられそうだった。
だが予想に反して狼はその場でクンクンと鼻を動かし始めた。グルグルと唸りながら、赤い瞳で人間を値踏みしているように見回す。
先端にいた青狼が、アシュリーがいる方へにじり寄ってくる。数の多さに隊士は剣をふるうどころではなく、救援を呼ぼうにも大声が出せなかった。
────
おかしな光景だった。
ひと噛みで仕留められる武器を持たない街の人にも、剣を持って構える隊士にも、そして塀の下で同胞を何匹も屠ったジェインにすら意に介さない。
何匹もの青い狼は次々と守護隊本部の塀に跳び乗り、そこから己の瞬発力のみで助走なしで跳び上がる。飛距離がないやつは建物の壁に爪を立てながら滑稽な姿で落ちていく。
跳ぶに足りたやつは、二階のある窓の縁に足をかけ、中へと入っていく。
「おいおい、あそこに何がある?」
あまりの無視ぶりに、思わずジェインも建物を見上げた。しかし見ても理由なんて分からない。それならと銀色に輝く剣を無造作に振るい、青い狼を何匹か減らしてからジェインももう一度塀の上に跳び乗った。そこから青狼が吸い込まれていく窓へと、ひらりと跳び移る。
カーテンが風にはためいて、顔にかかるのをいやいやと手でどけながら。
「ねー。ここになにかあるの?
ちょっと困るんだけど、とぶつくさ言いながら窓から入ってきたのは。
「ジェインさん!!」
アシュリーが泣きそうな声で呼んだ。
「あれ、あんたここにいたの」
まるで何もないかのような言い方に、そこにいる皆はぽかんとした。なんならぎゅうぎゅうの青狼たちですら。
「ああ、ちょっと待ちなよ。昨日の今日だ、怖いだろ。少しだけ目を瞑ってな」
ぺろりと唇を舐める仕草に、その場の人間がどきりとしたのは不可避案件。
アシュリーはジェインに言われるまま、そっと自分の目を閉じた。
艶やかな黒髪が馬のしっぽのように跳ねる。
差し込む日の光りがガラスの粉に反射してキラキラと彼女を引き立てた。透きとおるように白く
女神が顕現したかの光景に、しかし展開されるのは一方的な殺戮だった。
何故か青狼たちがジェインを見ようともしないのだ。考えられないことだが、ジェインにとってはラッキーなことこの上ない。何かに取り憑かれでもしたのか、青狼たちは低く唸りながらも眼前の住民だけを見ているのだ。
彼女は思い切り銀に光る相棒を使った。その宝剣は見てくれもさながら、非常によく斬れた。草を薙ぎ払う鎌のように、頓智が得意な遠方の国の何某かの頭のように。
「グォォォォォ!!」
ジェインの剣が届く直前に、一匹の青狼が躍り出た。
仲間の血に染まりながら、そいつだけは自らの生の終わりを理解し、文字通りに爪痕を残そうとしたのだろうか。だが飛び掛かろうとした先にはアシュリーの姿が見えた。
ジェインに言われた通りに琥珀の瞳をぎゅっと瞑って、この酷い光景を見ないようにしていた。
「ちょっと、順番だって」
逃げ場もない中の青狼の急な攻撃に、腰を抜かして尻もちをつく人続出だった。目を閉じたままのアシュリーは胸の前に両手を組んで、唇をぎゅっと結んで立っている。
幸い青狼は跳んだ瞬間に真っ二つに割かれ、両端に分かれて落ちたのでそこにいる人になんの爪痕も残せなかったのだが、吹き出す青狼の血が天井や床や壁に豪快に飛散した。
部屋にぎっしりと詰めかけた追っかけみたいな青狼を、ほんの僅かな時間ですべて肉塊に変えたジェインは、ハッとして目を泳がせた。
『……あんた、またやらかしたわよ』
「あーーーもう、止めてよ!」
がしがしと髪を
この場にいる誰も、そんなこと非難なんてするはずもないのだが。
「アシュリー」
ジェインが自分に溜息を吐きながら、アシュリーの前に立った。他の住民は知り合いなのかと羨望の眼差しを向ける。
「まだこいつらの仲間がいるみたいだからさ、あんたは……」
言いながら途中で気付く。
アシュリーが胸に組んだ手にぎゅうぎゅうと力を入れ続け、むぎゅうっと目を瞑りすぎて眉間に皺まで寄せていることに。
「いや、いやいやもう開けていいって」
アシュリーの組んだ手に視線を落とし、ジェインは肩を優しく数回撫でた。
「ジェインさん……」
何度かまばたきをするアシュリーに、ジェインは話の続きを口にした。
「あんたには言いづらいんだけど、今はまだ外にこういうのがいっぱいいるみたいでさ。ちょっと行ってくるから、あんたはここにいなよ」
そのあと一緒に宿に戻ろうと言いかけて、ジェインは組んだままのアシュリーの片方の手に包帯が巻かれているのに気付いた。
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