きました

水上歌眠

きました

「あの、消防署のほうから来ました」


 ドアチェーン越しに青年はそう言った。自信がなさそうな口ぶりだった。

 消防署の『ほう』から来た、というのは、『消防署のある方角から来た』という、消火器や防災グッズの押し売り業者がよく使う言い回しだ。おそらく、消防署の関係者でないのだろう。

「消防署のほうから?」

 私が聞き返すと、青年は慌てた様子でキョロキョロと辺りを見回した。

「すみません、違いました。警察署のほうから来ました」

 私は思わず吹き出してしまう所だった。いつもなら、適当に断ってドアを閉めてしまうのだが、青年があまりにも頼りなく思えたので、なんだか、強硬にドアを閉めてしまうのはためらわれた。同情心が働いたのかもしれない。

「それで、どういったご用件ですか」

「アンケートにご協力をお願いしたいのです。すぐに済みます」

 ドアの隙間から、一枚の紙とペンが、遠慮がちに差し込まれた。ペンは銀色で、すべすべとした不思議な質感をしていた。アンケート用紙には、三つの質問が書かれていた。


【質問1】

 人間同士で争うことは、愚かだと思いますか?

                   はい ・ いいえ


「ええと、これ、宗教の勧誘ですか?だとしたら、最初にそう言うべきだと思いますが」

「いえ、宗教の勧誘ではありません。でも、ご記入にあたって、ご自身の宗教の価値観などを踏まえて回答していただくのは、差支えありません」

 聞かれ慣れているのか、青年はすらすらと話した。私はふたたびアンケート用紙に目を落とした。


【質問2】

 人間同士の争いを止める方法を、人間は知っていると思いますか?

                   はい ・ いいえ


【質問3】

 ( ※質問2.で「いいえ」を選ばれた場合のみご回答ください。 )

 人間同士の争いを、人間以外の存在に止めてほしいと思いますか?

                   はい ・ いいえ


 最後の質問に少し迷ってから丸を付けた後、私は黙って紙とペンをドアの隙間から差し出した。

「ありがとうございます。あ、ペンは記念にお持ちいただいて結構です。ところで、この星では、個人のお宅を訪問してアンケートをお願いするというのは、一般的ではないのでしょうか?ご協力いただける方が少なくて」

「うーん、星全体のことはわかりませんが、少なくともこの国では、見知らぬ訪問者は警戒して迎える場合が多いと思いますよ。強引な勧誘やセールスもありますから」

「そうでしたか、今後の参考にいたします。ご協力、ありがとうございました。では」

 私はドアを閉め、青年の気配が去るのを待ってから、ドアチェーンを外して外へ出た。空は夕焼けから夜空へと、美しいグラデーションを描いている。私はペンを持て余しながら、先ほどのやりとりを思い出し、警察著のある西の方角を眺めた。

 空には、金星が光っている。

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