第10話 人間

「ここに座れ」

 松ノ殿は、私たちに指示をした。

 病院などによくある、ローラー付きの椅子だ。

 どこからか持ってきてくれた、緑茶を飲んで一休み。

 昔ながらの、懐かしい味がした。

「ハー。日本人には、これが一番合う飲み物だよ」

「よく判んないけど、これ飲むとなんか落ち着くよね」

「うんうん」

 由紀ちゃんとどうでもいい会話をしている間、松ノ殿は大きなテレビモニターとにらめっこしていた。

 やがて椅子にもたれ、ため息をついてから呪文を唱えるように言った。

「9月26日、午後6時48分38秒に生まれ、名古屋市南区で育つ。5歳の時アメリカに行き、そこで1年間過ごす。8歳の頃、脛に火傷を負い、現在も痛みは残っている。現・名古屋市立花実中学校1年4組。・・・全て相違ないな。近衛由紀」

 どうやら今のは、由紀ちゃんについてのデータのようだった。本人は、隠してもしょうがないという風にうつむいて口を開いた。

「そうです。全部私のことです。流石は神様ですね」

 その口調は、まるで警察官がする尋問で、罪を認めた罪人のようだった(変なたとえだWW)。

「確かに君は、人間の子に生まれ、人間として育ち、人間の暮らしをしている。だが・・・」

 神は驚くべき言葉を発した。

「君は人間じゃない」

「「!!!!」」

 私達同時に、びっくりした。

「え、え、ええ。それは・・・どういう・・・?」

 由紀ちゃんが戸惑う中、私は半分怒ったように反応をした。

「そんなことはない!由紀ちゃんも、私も人間だ!聖域にいるようなあんたには判らないけど、今を一生懸命生きている、地球人の一人なんだ!だから____」

 感情のあまり、席を立とうしたその時。

「加奈!」

 大きく、しかし落ち着いた声で、由紀ちゃんは私を呼んだ。

「大丈夫だから」

「でも、デタラメ言うやつは____」

「___いいから。話を聞こう」

 なんだか感情的になっているのが恥ずかしくなってきた。

「・・・うん」

 私は少し反省して、座りなおした。

 彼女は気を取り直して、松ノ殿に聞いた。

「松ノ殿様。人間じゃないとは、どういうことでしょう」

 神は、静かに話し始めた。

「これを見てほしい」

 モニターに映ったのは、様々な点々がちりばめられた画像だった。

「これは、近衛の中に血液を採取し、それを解析した時の血の様子だ」

 画像が拡大されると、丸く平たいものが見えた。

「これが赤血球」

 マウスで丸を描き、それを示す。

 次は、イメージでいうと細菌のようなものを示した。

「これは白血球」

 そして、真っ白で小さい球体を指した。

「これ、血小板」

 これらはすべて、人の血の成分である。赤血球は体全体に酸素を送り出し、白血球は体内の細菌をやっつけ、血小板が止血に働きかける。

 ざっと説明してしまったが、自分でもあんまり判ってない。

 だから、この説明でちっとも理解できなかった人、ご心配なく。

「全て、人の血液を形成する物だということは、判ると思う」

 二人同時に頷く。彼は続けた。

「この解析から、近衛が人間だということが判明する。正真正銘のな。しかし・・・」

 一度縮小し、スクロールで別の部分にマウスポイントを当てた。

「ここ」

 また丸を描いて、小さな球体を囲む。今度は血小板と違って、真っ黒だった。よく見ると一つだけでなく、十個程血液の中で漂っていたことが判った。

 たまらず私は聞いた。

「これは・・・何ですか。他のとはまた違った感じだけど・・・」

「これは、黒血球」

 そのまんまやな、と思った。

 唖然の気持ちを置いてきぼりにする様に、松ノ殿は説明を始めた。

「この地球に住む人間は、今まで誰一人持ったことのない、特殊な成分だ。人どころか、哺乳類や鳥類などの他の動物さえ、こんな物質はない。現代の医学では解明できない」

 現在の医学、ということは神の医学では解明出来るはずだ。

「松ノ殿様は、これがどんな生物の血の成分か、判るんですよね?」

 私は期待を半分に、尋ねた。

「もちろん、判る。神に不可能は無い」

「なんですか?教えてください!」

 由紀ちゃんが、まるでおやつは何かと興奮気味に聞く子供に見えた。

 松ノ殿は少し考えて、私達を向く。

「考えてみてくれ。自分が、信じられない生物の血を引いていたらということを」

 私は大体の予想がついた。由紀ちゃんもその様子だ。

「・・・もしかして、やばい奴ですか。由紀ちゃんが引いている血の系統が」

「やばくは・・・無いが。不思議に思うかもしれない。君たちは信じたくないと、私は予想する」

 なんとなくそんな気がしていた。普通じゃ想像できない生物の、末裔だと明かされることを。

 ここまで来たら、後は彼女次第だ。由紀ちゃんが、真の自分を知るか知らないかは、その人が決めること。

 私は、どんな結果になっても、彼女を受け入れる覚悟が出来ている。これからも、この人の友達でいる。

 やがて、由紀ちゃんは意を決して口を開いた。

「教えてください。私はどこの生まれなのか」

 松ノ殿は、覚悟の顔をして、ゆっくり告げた。

「人種の中で最も不思議で、意外と身近な人種。君た・・・君は、人の想像力から生まれた人種・幻魔人種の、地球の中での、最後の8人の一人だ」

 最後の8人、幻魔人種。判らないことだらけだ。私も由紀ちゃんも、理解するのに時間がかかっていた。

 部屋には、ただただ静かな気配が漂っている。

 私は、ただの夢だ、ただの夢だと思っていた。

 この時、私達の運命が動いたのも知らずに・・・。

 

 第一章・完

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