第3話 帰宅

 気を取り直して、帰路についた。さっきから何度も、

「落ち着け、落ち着くんだ、私」

 と繰り返し言っている。

 先ほどの出来事が、まだよく呑み込めていないからだ。

 あれ、名を名乗れっていう声が聞こえるような・・・。そういえば、まだ自己紹介もしていない・・・気がする。ですよね、うん。

 ということで自己紹介します。

 改めまして、私の名前は 矢代加奈 と言います。13歳、先月中学生になったばかりの本当に普通の女子。好きな食べ物は味が濃い系のもの。趣味は読書と昼寝(最近してないけど)。まあ、とりあえずお見知りおきを。

 さて、少し開けた道路沿いに、私の家がある。

「矢代」という表札がやけに目立つ小さい玄関をぬけて、ドアノブを握った。鍵が掛かっていなかったので、簡単に開いた。

「ただいま~」

 殺風景な下駄箱の前で言った。

「あ、おかえり」

 ドタドタと足音を鳴らして、夏美が駆けてくる。

「あれ、母さん今日長引く感じ?」

 私は聞いた。

「うん。さっき電話がかかってきて。10時半頃だって」

「じゃあ、今日はレトルトカレーか」

「うん」

 私の母は、市内の大きな病院の看護師を務めている。たくさんの人がそこに来るため、母がナースステーションにいる時間が長くなることは暑中だった。場合によっては、次の日まで帰らないこともある。そのため、レトルトカレーや、カップラーメンなどを夕食に食べているのだ。

 いつの間にか冷蔵庫前で待っていた夏美は、私に向かって元気に聞いてきた。

「姉ちゃん、ショートケーキあるよ!食べよ」

「マジ?いる!」

 ブレザーからティーシャツになった私は、喜んで応えた。

 間もなく夏美は、自身が切ったケーキを持ってきた。

「ありがとう」

 どうでもいい話かもしれないが、妹は料理が得意。肉料理がとか、魚料理がとかじゃなくて、もう全体的に。この人に任せれば、大体のものは美味しく作ってくれる。しかも、長期休みで何度も料理のお手伝いをした私や、兄よりもだ。

 このケーキだって、やけにきっちり切ってある。

 人の性格はこういうものにも表れるんだな、そう思っていると。

「姉ちゃん」

 不意に話しかけてきた。

「どした」

 ケーキをザクザク切りながら、軽く応えた。

「今日、晴馬君に聞いたんだけどさ」

 その瞬間、私は驚いた。

 近衛晴馬。夏美と同級生のイケメンで一応彼氏。

 ちなみに初めてその話を聞いたとき、小五でお付き合いとかやばいでしょ、と思った。

 だが、今日の驚きはそれではない。

 近衛、そう晴馬君は由紀ちゃんの弟だ。

 もしかしたら、晴馬君を通して由紀ちゃんは私に言いたいことがあるのだろうか。

「晴馬君が?ねえ、なんて言ってたの?」

 少し引け目になる妹にかまわず、私は身を乗り出す。

「姉ちゃん、近いよ・・・」

 私が元の姿勢に戻ると、夏美は話し始めた。

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