アンダーワールド
葵卯一
第1話 大人のキッザニア
[大人キッザニア]首都東京から西に、富士山を右に通り過ぎた中部と関東の間に作られた大人の為のキッザニア。
業訓練所より優しく[お仕事]を体験できるアトラクション、政府主導で作られた第3セクションだと説明があった。
「だるい」スマホのゲーム画面をひたすらタップしていたオレは、隣に座っていたヤツの悪臭に耐えながら窓の外に目を向ける。
緑・・森と木と崖が流れバスが山奥を走っているのは解った。
(くそっなんでオレが!)
大学を卒業して就職、その会社は名前だけが有名な一流企業の皮を被ったブラック企業だった。
パワハラなんか遥かに超えた恫喝と怒号、始業前に社訓を読み上げ社歌を歌う。
その後ラジオ体操をやらされた後、営業成績の発表。
朝7時に出社して帰りは23時、資料作成で泊りもあるような職場で、会社の資料には残業の平均年40時間、この意味が解るだろうか。
会社概要で退職率が低いのは試用期間が1年となっているからだ、普通の人間なら1年も持たずに辞めていく様な職場だった。
そんな会社でオレは頭と身体を壊して退職した、78㎏あったオレの身体は45㎏まで痩せていて、頭の中ではいつも死ぬ事ばかり考えていた。
大卒して半年で実家に引き籠もり5年、おれからすれば「いつの間にか5年も経っていた」ってのが正直な感想だ。
最初の一年は通院以外何もせずに寝ていた、その後は学生時代に買ったゲームに嵌まって昼夜逆転生活、日に三度の飯は部屋の扉の外に置かれて好きな時に喰うような生活。月に数度、真夜中にコンビニに行くだけでもストレスを感じるような精神状態、そんなオレが働けるわけが無いだろ。
他人と話す事がしんどい、疲れる、部屋で動かないから体力もないから直ぐに疲れる。あの会社で性格が歪んで卑屈で臆病なったオレは他人が悪人に見えて恐い、そのくせ攻撃的な性格になったから口が悪い、自分でも性格が悪くなった事は自覚してる。
全部あの会社が悪い、辞めたくても『入ったばかりで直ぐに辞めたら、次の仕事なんか見付からない』とか『3年は続けろよ』とか、あのクソみたいな職場を見た子ともないくせに適当な事を言って追い詰めた親が悪い。
勝手に産んでおいて、勝手な想像で自分の子供を壊したんだ!子供の面倒を見るのは親の責任だろ!死ぬまで面倒見ろよ!
それが2日前、両親が『社会復帰の為にちょっと遊びに行って来なさい』『働かなくてもいい、見学だけでもいいから行ってこい』
旅費はもう全部払ってある、空気を変えるつもりでホテルで休んでくればいいから、いつまでも部屋にこもっていたら本当に病気になるから。
そんなふうに言われてパンフレットを渡され、次の日には宿泊の準備、換えの下着やモバイルバッテリー、鞄いっぱいのポテチとスナック、パンフレットには炭酸を含むジュースは各種飲み放題、ホテルのドリンクバーではアルコールも飲み放題と書いていたから2リットルのファンタを1本。
バスに乗る時には両腕いっぱいの荷物も係員は嫌な顔もせず乗せてくれた、「お客様、他にお荷物はございませんか?」コンビニの店員には無い笑顔で優しく言われ、オレはバスに乗った。
次々に乗り込む薄汚い男、先に座っていたオレに挨拶もせずに隣に座る陰気臭い男は、窓際のオレを少し嫌そうに睨むと直ぐにスマホを見始めた。
バスの中に充満する臭い体臭、旅行に行く前に身体も洗えないクズどもの集まり、そう理解する時にはバスは高速に入っていた。
バスはインターチェンジで停車するが、トイレ休憩では無かった。
バスの中にあるトイレは自由に使え、時々差入れられるジュースと珈琲とスナック菓子で腹を満たす。
全員がバスに乗ってから6時間と少し、『シートベルトの確認をお願いします。ここからは坂とカーブが続きますのでトイレはお早めにお願いします』バスの中にアナウンスが響き、数人がトイレに立ち、戻って来てから少ししてカーブが始まった。
『皆さん、お疲れさまでした』車酔いでグラグラと揺れる頭にバスは終点のアナウンスを流した。
「お疲れ様でした、お荷物は全てお客様のお部屋に運ばせてもらいますので、先にホテルの方にご案内させていだきます」
女性のアテンダントは笑顔でオレ達を確認し、右手の小さい旗を振りふり背中を向けた。「お客様、私について来て下さいね」
そんな彼女に着いていく男が数名、その後にオレ達も続いて歩いていった。
「スマートフォンを見ながら歩いては転びますよ~~~」そう楽しげに注意するアテンダント、恥ずかしそうにスマホをポケットに入れる男が数名、ソレを無視してスマホを見続けてゲームをする男が数名、2台のバスで50人以上の男がぞろぞろと続いて歩いていた。
「右手を御覧下さい。あちらが明日、皆様をご案内する大人キッザニアです。2024年に国会で決議されて建造され、総工費はなんと数、000億円。当時の万博と同じくらいの建築費なんですよ?すごいですねぇ」そう楽しそうに説明された。
「・・・」嫌な顔をする男達ばかりだった、それはここにいる全員が引き籠もりの無職で働くのが嫌で嫌で、親に無理矢理参加させられたって事の証明だった。
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