イタチはネコに物申す!

noll -ナル-

「イタチはネコに物申す!」


 十二支。それは人々の生活を守護する為に神が定めた十二の動物たちを指す言葉。人々は十二支の法則に則り年や月を数え、時刻と方角を決め、占い、生活を営んできた。神の采配は素晴らしい。そう称えられたのも今ではもう昔の話。昨今は、神も割とテキトーに決めたのではないのかと、愚痴めいた話題も出ている。

 そう思っているのは我、十二支決定徒競走の際に、惜しくも十三位だったイタチ。

 我は世の流れに全くもって納得していなかった。





「納得がいかない! 納得がいかない!!」



 その日、イタチは世の不条理さを嘆いていました。念仏のようにそう口にしていれば、たまたま近くを通りかかった亥の猪が呆れた声で声を掛けて来ました。



「なーに、イタチさん。オウムみたいに馬鹿の一つ覚えな事言ってんの?」


「あ~、駄目だ! やっぱり納得がいかない!!」


「ダーメだこりゃ。イタチさん壊れちまった。おーい、イタチさん。イーターチーさーん!」



 馬鹿の一つ覚えのように同じ事をガーガー口にするイタチに猪は根気強く声を掛け続けます。するとそれが功を奏したのか、イタチはハッとしたように顔を上げました。



「なんだ! 誰だ!! ……て、猪じゃないか」


「あぁ、やっと気が付いてくれた。イタチさん、そんなに嘆いて一体どうしたって言うの?」



 猪は漸く自分の事に気付いてくれたイタチにホッと安心するも、すぐに訳を聞いた。イタチはそんな猪の言葉に再びハッとすると、声を上げます。



「如何したもこうしたも無い! 我は許せない! 納得がいかないんだ!!」


「待って待って、何が許せないの? 何が納得がいかないの? 詳しく教えてくれない?」



 再び怒り出してしまうイタチに猪は慌てて声を掛けます。イタチは不服そうに顔を歪め「ぐぬぬ」という聞いた事も無いような唸り声を上げると「実は……」と口にし、訳を話し始めました。



「十二支の始まりを覚えているか?」


「勿論ですよ。あの始まりで子の鼠が大目玉を喰らったじゃないですか。まあ、あのチャランポラン神様が結局は一位は一位、て押し通しちゃったもんだから神様の評価はだだ下がっちゃって……」


「そういえばそんな裏話こともあったな……て、それは別に良いんだ。狡賢いのも一つの戦略、そこまでは良い。我は許した。清らかな澄んだ水の如く、綺麗さっぱりと許した。だが……、こればかりは許せない事態が発生したのだ」


「と、言いますと?」



 猪が首を傾げてそう問いかければ、イタチはよくぞ聞いた、とばかりの顔で話始めました。



「なんで不参加だったネコが我を差し置いて有名になっておるんだ!!」


「あー…………そういうやつ?」



 此処で猪は気付いてしまったのです。途轍もなく面倒くさい事に自分は首を突っ込んでしまった事に。



「そういうやつだとも! 猪、我の順位を覚えておるだろう?!」


「えぇ、えぇ。覚えていますとも、覚えていますとも……イタチさんが私の後、十三位であったのは勿論覚えています」


「だろう?! そして猪の鼻先で負けてしまった我に神が慈悲深く一日つイタチと銘打ってくださったことを覚えているだろう!!」


「いやあれはイタチさんが鼠さんが見えなくて十二位だと勘違いして駄々を捏ねたからで…………イエ、ナンデモナイデス。アー、ソーイエバソウデシタ」


「そうであろう! そうであろう!! それなのに、何故か不参加であったネコが有名になり、優遇されているのは明らかに可笑しいと思うのだ! 我だってお年玉袋のデザイン作って売って欲しい!! なんで干支でも何でもない、ただただ不憫ってだけで優遇されるのだ?! 可笑しい、我は断固として抗議する!」


「神様にですか?」


「いいや、ネコにだ! 神に言われて顔を舐めまわす涎まみれの毛むくじゃらに断固抗議しに行くのだ!!」


「それでネコさんとお会いになれたんです?」


「なれていないからいろいろ納得がいかないのだ!」


「なるほどなるほど」



 如何やらいろんな事に納得がいかなくて怒っていた事を知った猪は呆れ返ってしまいます。ですが聞いてしまった手前、自分でも思うことがあったのかなんなのか……猪はイタチを宥めつかせながら「私も探すのをお手伝いしますよ?」と声を上げたのです。

 イタチはその優しさに涙ぐみ「ありがとう!」と声を上げます。それだけであれば美しい光景ですが、理由が理由だけに複雑な猪。

 そんなこんなで猪とイタチはネコに物申す為に探しに出かけるのでした。

 ……ですが、それはとても長い旅となったのです。



「えー、ネコ? 知らなーい。興味もなーい。あ、待て待て鶏~、今日の晩御飯にしちゃうぞ~」


「ネコなんぞ知らん! それよりもそこの空腹馬鹿サイコパス犬をどうにかしろ! 酉年おれが消える!! ギャー、来るなよなるな、一匹でドックランド走って来い!!」


「……なるほど、我も鼠を捕食すれば順位が上がる」


「イタチさん?!」



 戌の犬に追いかけられている酉の鶏が悲鳴を上げながら野原を駆けまわっている所で尋ねても収穫はありません。むしろ危機的状況となった鶏を助ける破目となってしまいました。しかしそれが功を奏して犬は大変満足し寝てしまうのでした。脅威が去った鶏は感謝を口にして犬が起きぬうちに凄い速さで逃げて行きました。

 旅は続きます。

 次は申の猿が未の羊を洗う為に河へ投げ込んでいる姿を目にしました。中々で圧巻の光景です。次から次へと羊は河へ投げ込まれ、そして戻って来ては投げ込まれる……そんな繰り返しをしながら徐々に綺麗になっていく羊を目にしながら声をかけてみます。

 ですが、此処でもネコの目撃情報は手に入りません。



「え、ネコ? 知らないよ、あんな水が苦手な生き物。なんで水の良さが分からないのか……、理解しがたいね」


「木に登って降りれない間抜けは見てないなー……」



 どちらもネコを知らないと言われてしまえば仕方がありません。イタチと猪は次へ向かいます。そうすると、何故か午の馬と辰の龍が物凄いスピードで走り回っているのを見つけます。そしてそこで応援団のように巳の蛇がキャーキャーと黄色い声を上げているのも見つけます。



「キャー、二人とも早ーい! 凄ーい!!」


「いや、俺の方が早い!」


「いいや、俺の方が早い!」


「良いわよー、どっちもガンバレー!」



 あまりの白熱具合に段々とその場所だけ小さな渦が巻き起こり始めました。それがドンドンと大きさを増しているのに気づいたイタチと猪は巻き込まれたら大変だ、そう思います。イタチと猪はそそくさとその場を去り、次へと向かいます。

 次は卯の兎、寅の虎、丑の牛、子の鼠の四匹がいました。けれど何故か牛の上に兎と鼠が。虎は牛を睨みつけ、牛もまた虎を睨みつけるという不思議な光景が広がっていました。



「皆さん、いったいどうしたんです?」


「あぁ、猪にイタチかぁ……」



 猪が勇敢に聞きに行くと兎と鼠を乗せた牛が声を上げます。すると虎が「遊んでいただけだ!」と声を上げます。ですがすぐに牛が「いいや違う。さっきのは本当に食べようとしていた」と声を上げます。どうやら此方でも遊びが白熱していたようです。



「いや、確かにそう見えるかもしれないけど! アレは別にた、食べようと思った訳では! それに食べても別に兎一匹じゃあ腹の足しにもならない!!」


「その弁解もどうかと思うよ、虎さん」


「まあ、食べられても私の代わりはまだまだ居るので良いですけど……」


「急にホラーぶっこむの止めて貰えますか兎さん!」


「ほら、兎を一匹見かければあと百匹はいると思えって言われません?」


「兎さん、多分それ別の生き物。害虫だと思う」


「え、私害虫だったんですか?! し、ショックですぅ~~~~!!」


「あぁ、違う違う……て、あ、行っちゃった」



 猪が弁解する暇もなく兎はピョン、と牛の背中から飛び降り駆け出して行ってしまいます。それを見た鼠が「兎さん相変わらずの被害妄想、めっちゃウケる」と口にし、牛から「鼠、言葉が悪いぞ」と咎められます。しかし鼠は気にする素振りも無く、むしろ牛の頭上で胡坐を掻き始める始末。気付けば虎は遊び相手が居なくなり何処かへ行ってしまっていました。

 鼠はイタチや猪に向かい声を掛けます。



「それで? 何か用があって声を掛けて来たんじゃない? 珍しくイタチが巣穴から出て来てるし……何か面白い事?」


「面白いかどうかは知らん。でも、ネコの居所を探している。鼠、俺に捕食されたくなければとっとと答えろ」


「おいおい。神のおこぼれで貰った地位でよく一位に命令できるな、イタチ?」


「キーッ! やっぱお前ムカつく! ずんぐりむっくりの癖に!! デブ! チビ!!」


「んだとこの胴長! 腰いわせ!!」


「なんて低レベルな言い合い……情けない」


「本当です」



 イタチと鼠がギャーギャーと騒ぐすぐ隣で牛と猪は頭を抱えて呆れ返ってしまう。遠くの方で竜巻が起こって蛇の甲高い声が聞こえたような気もしましたが、この四匹には関係の無い事です。

 しかし埒が明かないので猪は牛にネコの居所を聞いて見ると、なんと牛はネコの居所を知っていたのです。牛は教えてくれます。



「ネコなら、神様の元へ行ったよ」


「なに!? あの野郎、不参加だったのにも関わらず神に会いに行くだとぉ?!」



 そしてそれを聞きつけたイタチが再び怒り狂います。それを見て猪は肩を落とし、鼠は面白そうだと思います。牛は何だか厄介な事になった事を知りつつも、行く末が気になったので四匹は仲良く神のいる山の頂へと向かいました。





 神の家は藁ぶき屋根の立派な家でした。障子で閉ざされた戸を叩き、四匹は神に断りを入れます。



「神様ー、遊びに来たぜー」



 鼠がそう口にすれば、戸の奥から「いらっしゃい、いらっしゃい。好きに入っておいで」と嬉しそうにしている声が返ってきます。皆はそれを聞き「お邪魔します」と言って戸を開けると、ニコニコと笑った神が出迎えてくれました。



「おや、珍しい。イタチが我が家に来るだなんて……いったいどうしたんだい?」


「ネコは何処だ! 我はネコに物申しに来た!!」


「ネコ? あぁ……あのコですか、あのコなら今あそこで寝息を立てていますよ。ホラ、そこの縁側でスヨスヨと」


「キーッ! なんと腹立たしい事か! おい、こら、起きろネコ! ネコ!! とっとと起きんか涎まみれの毛むくじゃら!!」


「んあ?! な、なんだなんだ! ……て、なんだイタチくんじゃないか。どうしたんだい、いったいそんなに怒って? あんまり怒り過ぎると身体に良くないんじゃない?」


「貴様に身体云々を言われたくないわ! 貴様こそ少しは食事制限して運動しろブタ猫!!」


「えー? 運動なんてやりたい奴だけすればいーじゃん。我輩は狩り以外はのんびりゆったりグータラしていたいんだ。それじゃあ夜まで我輩はまた……」


「て、寝さす訳ないだろうがブタ猫! 我はお前に物申す為に探し回っていたというのに!!」


「えー? でもでも、我輩寝たいからとりあえず今は寝させてよー。それじゃあまた夜にー……………スー」


「あ、こら、寝るな! 起きろ、おーきーろー!!!」



 折角見つけて問いただそうにも、ネコは再び夢の中。イタチは憤慨してもネコの眠りは深く、ネコを幾ら揺すっても、イタチの小さい身体ではネコは起きませんでした。



「ウガーッ! なんでこんな奴が優遇されるんだー!!」



 納得がいかーん! とその場で地団太を踏みつつご自慢の毛並みを搔き乱しながら荒ぶるイタチに皆は苦笑を浮かべるのでした。結局、ふてぶてしく寝てしまうネコにイタチはガーガー訴えるも、二度寝を決め込んだネコが起き上がることは無く、イタチは自分の怒りが治まるまでスヤスヤ寝ているネコにぶつけました。

 そんなイタチの姿を苦笑していた中で、ふと鼠が要らない事を口走りました。



「まあでもぶっちゃけた話さー、なんでイタチよりネコが人気なんかなんて分かり切ってんじゃん。可愛さだよ、か、わ、い、さ。つまりは愛嬌ってやつ? それにネコの方が身近な上、ペットとしての需要もある。優遇されない、ていうより世界がネコを優遇する流れが出来ちゃった訳だしもうイタチの活躍は無理無理。やっぱり人と身近にいて愛される立場にいないと!」


「……じゃあドブネズミと名高い害獣のお前を殺せば我の評価は鰻登りになると? ほぉ……、なかなかの考えじゃないか」



 ゆらり、とまるで貞子のようなおどろおどろしい雰囲気を背負ったイタチがギラリと目を光らせながら鼠を見やりました。その狩人のような眼差しに鼠は自分の失言に顔をサァ……と蒼褪めました。



「ち、ちょ! 待て待て待て待て! それは可笑しい! 待て! 早まるな!! お、俺をるって事は何千という俺のモチーフキャラが崩壊するってことだぞ?! つまりは世界を敵に回す事と同義な訳で!」


「でも結局はお前の狡賢い馬鹿知恵のお陰で我らがこうもイザコザを起こしている事を考えると、やっぱり元凶をった方が手っ取り早い気がして来るわ」



 イタチが一歩一歩と近付くにつれ、鼠は自然と一歩一歩と後ろへと下がっていくのですが、それは自らの首を絞める行為で、部屋の隅へと自ら逃げ込む鼠に逃げ場はほとんどありませんでした。そんな光景を見て猪が口を開きました。



「久し振りに鼠さんが自爆してますね」


「……まあ、因果応報だな。おい、イタチ。鼠をるなら俺も参加するぞ」



 おーい、と声を上げる牛に鼠がすかさず「牛くん?!」と悲痛の声を上げますが、牛は知らんぷり。そんな光景を見て明後日な感想を口にするのは能天気な神様でした。



「あっはははは。君たちは何時も仲良くて楽しそうだね、羨ましい」


「神様には何が見えているんですか?」



 鼠は自分を助けてくれる存在が誰一人いない事を察するも、諦めずに「待って、話し合おう! そう、話し合いこそ平和的解決じゃないか!」と交渉するも、そもそも鼠自身が蒔いた種である為に誰もその交渉というか戯言に聞く耳を持つことは無く……結局は鼠の甲高い悲鳴の後、鼠は積年の恨みを募らせていたイタチと牛によって成敗されるのでした。

 鼠はご自慢の毛を毟られ、丸裸にされながら土下座をするのでした。



「も、申し訳ございませんでした。…………へ、ヘーックショイ! うぅ、酷いよー!!」


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