第11話 知らせ

 今夜の冒険者ギルドはどんちゃん騒ぎだ。

 木樽ジョッキがテーブルを覆い尽くし、ギルドは冒険者たちで埋め尽くされている。

 しかも、ギルドと提携している他のレストランまで貸し切って、ようやく全員が収まると言った具合だ。

 テーブルと厨房を行ったり来たりしているギルドの職員を横目に見ながら、アイリスは口の中でジーンと広がるアルコールを堪能した。

 初めての光景に、最初こそアイリスは度肝を抜かれたが、もう慣れてしまった。


 王城暮らしの時では考えられなかった経験に、嬉しさとワクワクを覚える。


「しかし、これほど盛大な打ち上げをしたのはいつぶりだ?」


 ソフィーネは頬を少しだけ朱色に染めて、アルと昔話に花を咲かせている。


「俺が冒険者だった頃、一回だけあったな。俺とお前と、ローレッタで酔い潰れたのを覚えてる」

「迷宮攻略の時だな。もう5年前……か? 早いなぁ」


 アイリスの知らない、アルとソフィーネたちの過去。

 非常に興味がある。特に昔の彼について。


「ソフィーネさん。その話詳しく!」

「いいぜ、何から聞きたい?」


 アイリスが身を乗り出すと、ソフィーネはニヤリとイタズラな笑みを浮かべて言った。

 酒に酔っているせいか、いつもより饒舌なのが可愛らしい。

 ソフィーネは言動こそ冒険者! って感じなのだが、見た目は思わず二度見してしまうくらい綺麗なのだ。


「おい。聞くな。そして喋るな! 昔の俺なんかどうでも良いだろ」

「いえ、アル様。護衛者の素性は知っておくべきでしょう?」


 アイリスの説得に、アルは半笑いで頬を掻く。


「素性って……。不審者扱いすな」

「あら、そのようなこと申し出ませんわ」


 その後、ソフィーネによって、彼の昔話が色々と脚色を加えられながら語られた。

 三人の出会いから、訪れた国、攻略した迷宮、ソフィーネが悪徳貴族に喧嘩を売って処刑されかけたこと、喧嘩、別れ、再会。


「アルは対人関係が苦手でよ、ずっと一人で迷宮に潜ってたんだよな。確か。迷宮に住んでるって噂が立ってたぜ」

「ああ。実際住んでたからな」


 ケロッと衝撃の事実を告白するアルに、アイリスとソフィーネは開いた口が塞がらない。


「うわ、マジだったのかよ。流石の私でも引くわ」

「アル様ってやっぱり変人だったんですね」


 迷宮に住めるくらい腕が立って、しかもしぶといのなら、剣聖になるのも頷けるなと、アイリスは思った。

 しかもそれで本気を出してないのだから、ここまで来ると、もはや脅威だ。


「それで仕方ねぇから、私とローレッタがパーティに入れてやったんだよ」

「む。違う。俺が入ってやったんだ」

「ああー? 私たちが入れてやったんだよ!」


 プライドが妙に高い二人はこういう時に譲らないから、すぐに言い合いになる。

 よくこれで同じパーティでやっていけたものだ。

 もしかすると、この度にローレッタが仲裁に入っていたのかも。

 なんとなくだが、アイリスも彼らの昔を想像できるようになった。

 見ている分には面白いから放置していても構わないのだけれど、あとでアルに拗ねられても困るので、アイリスは仕方なく話題を逸らす。


「アル様、意外とお酒強いんですね」

「まあ、普通くらいだ。異常なのはお前だぞ、アイリス」


 アルはテーブルの上に並べられた空の木樽のジョッキを見渡して、あんぐりと口を開けた。

 1、2、3……。どれほど飲んだか、正直アイリスにもよくわからない。

 アイリスの顔は全く赤みを帯びることもなく、むしろ最初となんら変化はない。

 

「ああ。私、自動的に治癒魔法がかかるので、すぐに解毒されるんです」


 アイリスはドヤ顔を浮かべた。

 なので彼女からしたら酒は味を楽しむだけだ。

 まさに最強。仮に毒を盛られても大丈夫。

 

「あはっはっは! アイリスも人のこと言えたもんじゃねえな!」

「むう、別に良いんです! 酔ったっていいことありませんし?」


 別に、酔っても頭痛くなるだけだし?

 味だけ楽しめたらいいし?

 みんなと一緒に空気を楽しめないからって、決して拗ねているわけじゃないんだから。

 アイリスはふんと、そっぽを向いてそう言った。


「ツンデレ聖女も可愛いな。なあ、アル?」

「何でお前はすぐ俺に振る!」


 そんなことをしていると、他の冒険者たちがアイリスの元へ近づいてきた。


 一人の冒険者が「ほら、いけよ〜」と言い、もう一人の冒険者が「そ、そんな、勇気が」などと喚いている。

 何をしているのだろうか。

 アイリスは気付いていたが、敢えてこちらからは話しかけず、放置した。

 そちらの方が面白そうだ。


「あ、あのー」

「あら、どうされましたか?」


 くるくるの黒髪癖毛の青年が、恐る恐るアイリスに話しかけた。

 テンパってあわあわとしている。緊張しているのだろうか。


「こいつ、アイリス様の大ファンなんすよ」

「あら、そうなんですか?」


 隣にいた茶髪の青年がそうフォローした。

 ファンだなんて、そんな。

 アイリスは思わずにやけそうになるのをグッと堪えて、聖女らしく背筋を伸ばす。


「握手でもします?」

「い、いいんですか!!!」

「いいですよ?」


 嬉しそうに目を輝かせる黒髪君とは正反対に、隣でアルが「む」と、唸った。

 これは不機嫌な時の唸り声だ。

 もう既に、アイリスは彼の唸り声を聞くだけで何を考えているのか分かるようになってきていた。

 

「どうされました? アル様?」

「な、なんでもない」


 握手を済ませると、二人の青年は感動しながら目に涙を浮かべる。

 そんなに喜んでもらえると嬉しい。

 まるで勇者か何かになったみたいだ。 

 

「うおお……、これが聖女様の手……。俺、手洗うのやめるわ」

「ちゃんと洗ってくださいね」


 気持ちは分かるが気持ち悪いからちゃんと洗ってほしい。

 

「俺たち、昔王都にいた時にアイリス様に救われたんですよ」

「それからずっとファンでした! まさかこのようなところで再びお会いできるとは」


 流石に数えきれないほどの人たちを救ってきたので、顔は覚えていなかったが、それでもアイリスは嬉しかった。

 別に見返りを求めてやっているわけではないけれど、こうして感謝を伝えられると、ニヤけそうになる。

 そして、今もソフィーネと会話しながらチラチラこちらに視線をよこしてくるアルが面白い。


「嬉しいです。もしよければ、今度一緒に食事でもします?」


 アイリスの爆弾発言に、驚きの声と動揺の声が同時に重なった。


「え? あ、え!? う、嘘ですよね……?」


 黒髪君が顔を真っ赤に染めて慌てている横で、アルが椅子をひっくり返して立ち上がった。

 ソフィーネは相変わらずニヤニヤしている。


「だ、だめだ! アイリスは忙しいからな!」

「いいじゃないっすか、アルさん! アイリス様もそのように言ってるし。そもそもアルさん、付き合ってるわけじゃないですよね?」

「む……。そ、そんな、つ、付き合ってなど、ない」


 茶髪君が勝った。

 あの剣聖が茶髪冒険者に言いくるめられた。

 アルは今日で1番のダメージを心の方に追いながら、項垂れるようにして座り込む。

 流石にちょっとやりすぎたかしら。

 

「食事は無理かもしれませんが、怪我をしたらいつでも呼んでくださいね。私が治して差し上げますから」

「はい! ぜひ、これからもよろしくお願いします」


 アイリスがにこやかに微笑むと、二人は嬉しそうにして元の席へ帰っていく。

 そして、アイリスは隣で顰めっ面を浮かべているアルに向き直った。

 

「アル様? なに拗ねてるんですか?」

「拗ねてないさ」


 アルはそのままテーブルに突っ伏した。

 酔っているからいつもより子どもっぽい……気がする。

 貴重だ。目に焼き付けておこう。


「はっはっは! こうなったアルはめんどいぞー!」


 それからアイリスたちは今夜限りの宴を楽しんだ。

 たくさん知らなかったことを知った。

 普段恥ずかしくて言えないことも、今日ばかりは言える気がした。

 会話の具合を見計らってやってくる冒険者たちからたくさんの感謝の言葉を受け取り、ファンサービスをした。

 アイリスは思った。

 本当に、剣聖アルに出会えて良かった、と。

 追放された時は、正直すごく悔しかった。辛かった。

 でも、今はとても幸せだ。


「アル様。楽しいですね」

「ああ。俺もだ」


 アイリスにとった初めての冒険者業は、最高の終わりを迎えた。


◇◇◇


「風が涼しい」


 深夜。

 宴が終わり、宿に戻ったアイリスは一人外へ出て夜風にあたっていた。

 酔い潰れて、泥のように眠ってしまったアルは、当分起きそうにない。

 疲れているはずなのだが、彼女は妙に寝付けなかった。

 王宮で政治として働いていた時もこうして夜風に当たることがあった。


 しばらくそうしていると、少し向こうの暗闇から真っ直ぐ歩いてくる人影が見えた。

 こんな時間に誰だろうかと、アイリスは目を凝らす。

 長い髪。スラリと伸びた背筋、見慣れた王宮の制服。そして、懐かしい表情。


「ミネルヴァさん!?」

「お久しぶりでございます。アイリス様」


 レーテン王国王宮メイド長、ミネルヴァ。

 ブラウンの長い髪を一つに束ね、齢四十近いことをまるで悟らせない美しさ。

 その洗練された佇まいと所作は、間違いなくアイリスが王宮時代に世話になった彼女だ。


「どうして、ここに」


 アイリスは思わずそう口にする。

 久しぶりの再会でありながら、ミネルヴァの表情は険しい。

 淡々としている。

 恐ろしく速く、心臓が胸を打つのをアイリスは感じた。

 こうしてミネルヴァが直々に赴いてきたということ。そして、彼女が普段決して浮かべることのない、厳しい表情。

 アイリスは身構える。


「第二王子グラン・バン・レーテン様が、現国王、そして、第一王子のクレイン・バン・レーテン様を討ち、正式に国王になられました」


「……それって」


 あのグランが? 何かの間違いじゃないだろうか。

 確かに時期国王を巡って争いはあったが、第一王子クレインが地位を盤石にしていた。

 それに、グランは争いを好まない性格だったはずだ。


「グラン様は大衆と、そして強力な刺客を味方につけ、勝利しました」


 ミネルヴァは淡々としている。

 

「国王グラン・バン・レーテン様の勅令です」


 心臓が悲鳴をあげている。

 聞きたくない。なかったことにしたい。

 会わなかったことにしたい。

 しかし、アイリスは聞くしかなかった。

 言葉が何も出てこなかった。

 ミネルヴァから発せられるであろう言葉を、すぐにアイリスは理解した。


「聖女アイリスと国王グランの婚約が、正式に決定されました」

「……そうですか」


 アイリスはただそれだけを言って、真っ直ぐミネルヴァを見つめた。

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