第7話 一人の為の英雄

 掛け湯してみる。


「あちゃちゃ。糞がぁ。だが、まだ耐えられる」


『掛けただけじゃないか』

『掛けただけではカウントできないな』

『掛け湯してから入るのはマナーよ』

『さっさと入れよ』


 言われなくても入る。

 片足を湯舟に入れる。


「熱っ! あちゃちゃ! くひぃ!」


『おっ、始まったな』

『まだ片足だ。おとこならすぼっと行こう』

『浴衣を着てほしいですわ』

『安心しろ。死なないから』


 好き勝手言いやがって、でも死なないのか。

 ちょっと安心した。

 くそっ行ったらぁ。

 ざぶんと入った。

 砂時計が時を刻み始めた。


「あちゃちゃ!! くわー!!」


 あまりの熱さにたまらず俺は湯船から飛び出た。

 これ死なないのか

 砂時計が元に戻る。

 出ると時間はリセットされるらしい。

 まあそうだよな。

 累計でなんていうほど甘くない。


『根性のない奴だな』

『俺ならマグマでも平気だぞ』

『さあ、お入りなさい。入るのです』

『死なないから、神は嘘は言わない』


 肌は真っ赤だ。

 尋常なくヒリヒリする。

 子供の命が掛かっているんだ。

 それに比べればちょっと熱いぐらいなんだ。

 もう一度だ。


 頭を濡らし湯船に入る。


「あっあつあつ、あちゃあちゃ」


 もうこれでもかというぐらい暴れた。

 お湯がびちゃびちゃ湯舟の外に出る。

 湯船のお湯はなぜか減らない。


『今度は耐えるか』

『物凄く暴れてるな』

『まるで生きている魚を煮た時みたいですわ』

『ほらほら、もっと良いリアクションを』


「あちゃ、あちゃ、あちゃ」


『あちゃしか言わないぞ』

『そうだな何か面白いことを言え』

『以外に面白くないですわ』

『この企画は失敗か』


「ずんぶらぬりゅのこん畜生。ぐぬんぐりんぬの馬鹿野郎」


 期待に応えたわけじゃない。

 なんか変な事でも言わないと、熱さに耐えられないからだ。


『うん面白くなった』

『意味不明なのがポイント高い』

『ずんぶらぬりゅって何か気になりますわ』

『意味なんかないだろう』


 まだか。

 砂時計は半分しか落ちてない。


「ろりこんしょうじょ、お山は精天」


【六根清浄じゃないのか】

【くくっ、ちょっと面白い】

【下品ですわ】

【まあエロいことを考えたら熱さも和らぐかもな】


 赤く熱した鉄の美女とおしくらまんじゅう。

 くっ、駄目だ。

 余計熱くなった。


 南極。

 この熱い中で想像できるかぁ。

 くそ何を想像したら良いんだ。


「浸透を滅却すれば紐また鈴し」


 手を組んで上下に動かす。

 体も上下させる。

 さぶさぶとお湯が零れる。


『何か違うような』

『こいつ馬鹿だな』

『慣れない知識をひけらかすからですわ』

『あー、時間が』


「まだか。まだなのか。あちゃ、おちゃ、うおりゃあ!!」


『おっ、気合を入れたか』

『いいね。気合は好きだ』

『声ばかり大きくても』

『もうそろそろだな』


 チンと音がした。

 終わった。

 湯船から飛び出て冷たい水を浴びる。

 くおっ、なんじゃこりゃ

 水ぶくれが全身にできている。

 これっ、死なないのか。


『ふん、今回もクリアしたか』

『ちょっと笑えないな』

『ええ、いまいちでしたわ。言っておきますけど。神がタダで物を与えるなんてありえません。試練が必要なのですわ。恨みはお門違いですわ』

『よし、ご褒美だ。回復魔法を掛けてやる。【ゴットヒール】。それとボーナスタイムも付けてやる』


 ファンファーレが鳴って、クエスト成功の文字が。

 痛みが消えて、水ぶくれも消えた。

 湯船とお湯も消えた。

 くそっ、回復魔法が無ければ死んでたんじゃないか。


「ステータスオープン」


――――――――――――――――――――――――

名前:ヒデオ

ジョブ:凡人

レベル:13

魔力:1367/1367

スキル:

 チャレンジスピリット

 ボーナスタイム

――――――――――――――――――――――――


 レベルが8も上がっている。

 試練がないと物を与えられないのか。

 そうか、それなら釣り合いは取れているのか。

 地球の神話でも、神から何か得るには試練が付き物だ。

 神は恨むまい。

 クエストをやるかどうかの判断は俺にゆだねられている。

 あくまで挑戦するのは俺の意志だ。

 神話では強制されてってのもある。

 それに比べればましなのか。


「ボーナスタイムって?」


 聞いてみた。


『おう、1時間、敵の物理攻撃と魔法攻撃が無効になる。使い捨てだがな』


 無敵じゃないか。

 これを使えば勇者に勝てる。

 いいや、こっちの攻撃はレベル13だ。

 おそらく時間切れで勇者が勝つ。

 それに子供を助けないと。


 機会はまだ巡ってくるだろう。

 さあ依頼を受けよう。


 中途半端な自分から脱却だ。

 何者かに成りにいこう。

 きっと英雄にはなれない。

 でもあの子供にとって俺は英雄だ。

 大勢の人から褒め称えられるのは嬉しいさ。

 だが、それがひとりだといったからって駄目だというわけではない。

 数字なんかに計算できない。

 なんと言ったらいいか。

 誰かひとりに英雄だと思って貰えれば十分だ。


 一人の真心は、万人のうわべの賞賛に勝る。

 俺はそう思うんだ。

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