【書籍化決定してます】疎まれ聖女、やり直し人生で公爵様の妹君の家庭教師になる~貴方、私の事お嫌いでしたよね?なんで今回は溺愛してくるんですか~

あおいかずき

第1話 公爵家令嬢の家庭教師①

「エルネスタ先生、夜分申し訳ございません。数学の問題の解き方について少々お伺いしたいことがあります」

「なんでしょう、アメリア様」

 柔らかなはちみつ色をしたまっすぐな髪を揺らして、花のように可憐な美少女がノートとテキストを携えて部屋へやってきたのは夕食が終わってから少し経ってからだった。長い晩餐用のテーブルをはさんで向かい合い夕食を共にした時も、そういえば少し浮かない顔をしていたのを思い出す。

 勤勉で努力家の教え子は、どうやらずっと解けない問題に頭を悩ませていたらしい。自宅用とはいえ仕立ての良い絹のドレスの胸もとに抱えた筆記具は、着るものの華やかさとは対照的に使い込まれた味のある風情をしていた。

 可愛い子だなあと私――エルネスタ・エマ・ヅィックラーは頬が緩みそうになる。

 開いているテキストの頁を見た私は、おお、と息を漏らした。多項式の因数分解に関する計算問題の一つに、何回か書いては消し、消しては書いた跡が残っているではないか。今日の午前中に行った授業は整数の素因数分解までだから、一人で予習でもしていたのだろう。

 まだ十一歳というのにやはりこの子は熱心なのだなと感心する。それとともに、さすが歴代でも優秀と名高いヴォルフザイン公爵の妹だと納得してしまった。現王の王妹であるお母上も相当に学識の高い方と伺っているし、血筋とでもいうのだろうか。

 そういえば、兄君は知恵者として王子の懐刀になっていたっけ。




 五年ほど先の前世では。




「アメリア様、こちらは因数分解の問題です。素因数分解は覚えておいでですね?」

「はい、素数で割り算をし割り切れないところまで計算する方法ですよね」

「そうですね。ではこの+や-といった符号がついていて二つ、三つの単項式がくっついている式をなんといいましたか?」

「多項式ですわ」

「よく覚えておいでです。多項式の因数分解の場合、それぞれの項を素数で割るのではなく、全ての項に共通して掛けられている数字や文字を考えるんですよ」

 ん、とアメリアは頷いた。

 次回の授業内容ではあるが、今教えても別に問題はない。夕食後の遅い時間でもあるが勤務時間外、という概念もない。

 なぜなら私は公爵令嬢であるアメリアの三食付き住み込み専属家庭教師であり、どの科目においても授業の進度は私と彼女次第なのだから。

 人見知りが過ぎるために貴族の子弟が通う王立学校に行けないというアメリアに、せめて人並みの教育を受けさせたいという公爵直々の依頼で引き受けたのは三ヶ月前のことだった。

 いきなり屋敷に呼ばれ、戸惑ったのもまだ記憶に新しい。高貴な貴族の家庭教師など、面識のない田舎男爵の娘が得られる職ではないはずだった。しかし二十歳になり王立学校を首席で卒業したのに就職のあてが外れて途方にくれていた私を、公爵が是非にと雇ってくれたのだ。

 家庭教師など務まるだろうか思ったが、幸いアメリアはとても優秀な生徒でありこのように意欲的でもあるためやりがいがある。ちょっとした助け舟を出せば、あとは自力でひらめく底力もあった。

 ただ学校の教師陣がほとんど男性であること、そして彼女が真の意味で深窓の令嬢であったことから、教室に多数の男子生徒がいる環境になじめなかったのだ。

「ありがとうございます、エルネスタ先生。光明が見えた気がしますので、あとはわたくしだけで計算してみます」

「分からなければまたいつでもいらしてくださいね。私、これから本を読みますから灯りが付いていれば起きていると思ってください」

「本当ですか? ああ、いえ、あまり先生のお手を煩わせるとお兄様に叱られてしまいますわ。今夜もご相談があるとおっしゃっていましたし」

 失礼いたします、と可憐に微笑んだアメリアはお辞儀をしてドアを開けた。

 すると、だ。

 部屋の外にすらっとした長身の男性が一人、仁王立ちになっている。この屋敷の主、ユリウス・カイ・ヴォルフザイン公爵その人だ。

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