夏祭り

脹ら脛

短編 夏祭り

 りんご飴を持ったさくらの浴衣が、大勢の人の間を吹き抜ける風になびく。さくらの横を歩く俺は、彼女の匂いと甘酸っぱいりんご飴の匂いを感じて、体に熱がこもる。

 さくらと付き合い始めて七か月が経つ。こんなにはっきりと覚えているのは、彼女が記念日に敏感な性格だからだろう。七か月も経てば、付き合い始めた当初に感じていたたどたどしさは無くなり、関係が安定してきたような気がする。俺はまだ高校生だけど、結婚するということはこういう関係の先にあるんだろうなんて、厚かましいながらも想像してしまう。

 真横を歩くさくらが、俺よりも一歩先を行く。

 さくらと一緒に下校しなくなったのはいつからだろう。

 さくらは、結構前に部活を辞めた。剣道部だった。泥臭く何かに対して汗を流す彼女が好きだった。詳しくは教えてくれない。でも何か人間関係のねじれがあったらしく、彼女は中学校から続けていたという剣道を辞めた。

 俺はバレー部で、部活の終了時間が同じだったため、いつも一緒に下校していた。何もない無限ループのような学校生活に唯一あらがえていたようなその時間が好きだった。俺は自転車。彼女は徒歩。俺が自転車を押しながら、横並びで歩いたこともあったし、先生の目を盗んで二人乗りをした日もあった。でも、彼女が部活を辞めてからは、俺の自転車のリールが回る音だけが、乾いた空気の中に響いていた。


 さくらがもう一歩、先に行く。彼女の背中が見える。

 さくらが廊下ですれ違っても、手を振るだけになってしまったのはいつからだろう。

 俺たちは、学校内でもよく話した。廊下ですれ違うたびに足を止めて、昨日投稿されていた、二人が気に入っているユーチューバーの動画の話。昨日自分の身に起こった面白い話。嫌いな先生の悪口。そんなことをよく話した。多分周りの生徒たちからは、嫌な目で見られたかもしれない。でもそれすらも何だか誇らしくて、好きだった時間。

 いつの間にか、その会話は手を振るという行為に集約されてしまうようになった。それだけで満足できるわけもないのに、俺も手を振り返すことしかできなくなっていた。


 さくらが遠くに離れてゆく。もう手を伸ばしても、触れることができないくらい。

 さくらに体を触られても、何も感じなくなったのはいつからだろう。

 はじめは緊張した。多分、さくらもそうだったと思う。その時は、手をつなぐのだって、キスをするのだって緊張した。なのに、俺の家で初めてすることになったら、心臓がはち切れそうになるのは当たり前だった。今まで、何人か彼女ができたことはあったけど、それでも最後まですることはなかった。だから、なんだか一線を越えた特別な存在のように感じた。二人とも下手だった。でもそれが良かった。

 彼女に触れられても、前のように俺の心臓は反応しない。何がそうさせているのかわからない。仕方がないこと。そんな言葉で言いくるめても何も感じないようになってしまったのは、俺にとってのさくらが、たかがその程度の存在になったということなのだろうか。


 さくらに手を伸ばす。でも彼女はどんどん離れていく。人ごみの中に消えてゆく。

 なんで。なんで。もう一度。

 そう思ったけれど、俺は気が付いた。さくらから離れたくて止まっているのは、俺だ。

 さくらは今、どんな顔をしているのか、俺からはわからない。立ち止まった俺に背を向けながら、さくらは夏の闇の中に溶けていった。

 

 

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夏祭り 脹ら脛 @Fukku3361

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