リアーナと空奏の亡者

スミレとリアーナ


 会議から一週間、あれから王国で亡霊騒ぎは一度も報告されていない。おそらくあの暴動で出すものを出したので、一時的に治っているのだろうと。

 だが、リアーナには気になることがある。どうやらモシュネとエドゥアルトは、亡霊騒ぎの発端となっている空奏の書庫の仮の番人と魔力を肩代わりしている人を知っているのではないかと。


「ねぇピューレ、どう思う?」


 今日はアリオスも来ないし騎士団もない、学級王国もない、所謂フリーと言う日だった。ピューレは可愛らしい丸々としたポメラニアンの姿でいて、リアーナの腕の中でもふもふされている。ちなみに、黒猫は未だに本の中に戻らずにリアーナの横にぴたりとくっついている。


「何が?」


「空奏の書庫の番人だよ。母さま達と知り合いなんじゃないかな?」


「さぁ」


「うううん、ピューレ冷たい……」


「そんなことより、早く準備しなくていいの?空奏の番人も含めた会議なんでしょ」


 ピューレはそう言ってリアーナの腕から脱出して、窓際に移動する。

 そう、なんたって今日は司書人生でいちばんの本番と言っても過言ではない日だ。今日の会議次第では、亡霊騒ぎは鎮静してこの王国が平和になる。


 (そしたら、安心してママとパパを探すことだってできる)


 もし、相手がそれを拒否すれば、リアーナはこれからもまだまだ亡霊と戦わなければいけない。そもそも、空奏の番人候補の人はなぜこの戦いに協力してくれないのだろうか。書庫の番人になったのは自分の意思だ。ここには静者、所謂死者の本達が詰まってる。ここの番人になれれば、父と母の手がかりがあるんじゃないかと思ったのだ。だが実際には亡霊騒ぎに駆り出されて、学級王国に行き、騎士団の任務もちょくちょく入り、そこまで両親探しに手をつけられていないのが現状だ。


「そうだね。じゃあ、ピューレ、行ってくるね」


 そう言って会議の会場である時計塔に向かおうとすると、ピューレはフェレットに変身してリアーナの首に巻きつく。


「一緒に行ってくれるの?」


「そうよ。さ、早く行きましょう」


 リアーナは扉を開けて、時計塔の中に意を決して足を踏み入れた。


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


「こんにちは。リアーナ」


 時計塔の中の階段を少し下がった所にひっそりと佇んでいる小さな部屋。そこにはソファが向かい合って2台あり、その間にテーブルが設置されている非常に簡素な部屋で、モシュネがリアーナを歓迎した。


「こんにちは、母さま」


 リアーナは心がナーバスになっていたのもあるが、どうしても他人のような呼び方をしたくなかった。エドゥアルトも、今日はそのくらい許してくれるだろうか。


「今日はエドゥアルトがリアーナの隣にしましょう。進行役は私が担当する予定だから」


「うん」


 モシュネはリアーナの様子がおかしいことにもうとっくに気がついている。あの暴動の後から、やけにモシュネとエドゥアルトがリアーナを気遣ってくれている。リアーナはそれに少しの罪悪感も覚えてしまっていた。

 モシュネは指輪に目をやる。リアーナはモシュネのその仕草が大好きだった。モシュネの指輪は時計になっていて、それを見る仕草はまるでモデルの美女を見ているような気持ちになる。


「そろそろ来るかしら」


 モシュネがそういうと、部屋の扉がガチャリと開き、コートを着てエスコートをするエドゥアルトに、ローズゴールドの髪を後ろで簪で結って、この国のものではない和風の服装を纏った少女が入ってきた。


 (この服は、確か隣の国の櫻王国の装いだ)


 そう、空奏の書庫は隣国の櫻王国と呼ばれる場所にあるというのは聞いていたが、まさか候補の人までそっち側だったとは。

 入ってきた少女は、カラリコロリとサンダルのような靴を鳴らして、扉を開けていたエドゥアルトに礼をした。

 そして、リアーナ達の方を向いて丁寧に挨拶をする。


「本日は、お招きありがとうございます。スミレ・睡蓮と申します。皆様のお話は、エドゥアルトさんからお聞きしております」


 その腕と足は肉がついていなく、あまりに細すぎるし、顔色も青白く、正気があまり感じられない。今にも倒れそうで、リアーナはとにかく心配になった。

 そしてあまりにも丁寧な挨拶に、リアーナは慌てて立ち上がって深々と勢いよくお辞儀をし返す。


「こ、こちらこそ!り、リアーナ・ローズブレイドです!あ、あの、素敵なお洋服ですね!?」


 周りの空気がビシリと一気に張り詰めたのをリアーナは感じる。


 (やった。やってしまった。絶対に最後の下りいらなかったぁぁ!)


 リアーナは慌てて手をバタバタしながら撤回の言葉をつらつらと並べる。


「あ、いや、違くて!いや、間違ってはいないんですけど、えっとぉ!?」


「とにかく座らせたら?」


 首元から小さな声が聞こえてきてハッとする。見かねたピューレが助け舟を出してくれたおかげで、リアーナは少し落ち着きを取り戻した。普段だったらモシュネかエドゥアルトが1番に助け舟を出してくれるのに。


「あ、スミレさん向かい側のソファにど、どうぞ」


「ふふふ。ありがとうございます。失礼しますね」


 柔らかく笑いかけてくれて、リアーナのドジも温厚に受け止めた。

 歩き方もとても綺麗で、リアーナはもう惚れ惚れとしてしまった。そして優雅にソファに浅く腰掛けるスミレ。

 そこに、リアーナの隣にエドゥアルトが、モシュネは皆から見える位置に立ち、号令をかける。


「これより、司書会議を始めます。スミレさんも、遠方よりはるばるありがとう。今日は気を張らないでゆったりしていってね」


 モシュネの言葉に、スミレはゆったりと頷く。


「早速議題に入りますが、スミレさん。あなたは空奏の書庫の番人候補に?」


 リアーナとエドゥアルトは、なぜ彼女が番人候補にになっているのかがわからなかった。


「仮番人の方から聞いた程度です。人々の夢や理想が記録されている本が貯蔵されていると。候補になっている理由としては、今の番人が素質のあるもののみを通せるようにしていること。それから、私が書庫に足を踏み入れてから体調が安定したことです」


「あまり体調が安定しているようには見えないけど」


 リアーナの首元でピューレがぽそりと口にする。

 これよりも体調が悪かったということなのだろうか。リアーナは得体の知れない罪悪感のようなものに蝕まれていた。


「そうね。あなた、前の番人の雰囲気とよく似ているわ。魔力の質も込みで。でも、なぜ番人になるのを拒否しているの?」


 スミレの目が一瞬泳いだのを、モシュネは見逃さなかった。けど、あえてそれを流してスミレの返答を待っている。

 一方リアーナは、前の番人とモシュネが知り合いだったことに驚いて倒れそうだったし、何もそこまで詰めなくても……という思いが戦っていた。

 しかも前の番人が消えたのは確か50か100年は前のはずだ。


 (母さま一体何者なの……!?)


「それは……言えません」


 スミレのその声をきっかけに緊迫とした空気が張り詰める。エドゥアルトでさえ、スミレに冷たい瞳を向けている。リアーナは立ち上がった。


「あ、あの!スミレさん、体調がよくないのではありませんか?」


「え?」


「顔色が少しよくないような気がして……もしよかったら、外の空気を吸いに行きませんか?良いカフェを知ってるんです。ね、母さま行ってきていい?」


「はぁ……いいわよ。ただし、早めに戻ってきてね」


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


「スミレさん。改めて私はリアーナ・ローズブレイド。17歳。首にいるのはピューレ」


「まぁ!気がつきませんでした。改めて、私はスミレ・スイレン。19歳……気を使わせてごめんなさいね」


 スミレはカラコロと、リアーナはペタペタと並んで歩く。ピューレも、首元ではなく今はリアーナの腕の中に収まり、2人と1匹で歩いていた。


「そのお洋服!櫻王国の服ですよね!すごく綺麗で……」


「リアーナさんの制服もお似合いですよ」


「学級王国を知ってるんですか?」


「えぇ。その、私の――も留学に言ってるんです」


 私の、なんて言ったんだろうか。リアーナは自分より身長の高いスミレの口元に耳を持っていく。だが、リアーナはスミレの頬がほんの少し赤くなっていることに気がつく。


 (これはもしかして……!)


「ラヴァーがいるんですか!?」


「ら、?」


「こいびと!」


 リアーナはほんの少しスミレとの距離が近づいてきたことに歓喜している。恋のお話に花を咲かせていると、カフェに行き着いたので、中に入り、リアーナはオレンジの果実水を、スミレも同じものを頼んだ。


「あの、リアーナさん。私ね、本当は試練に挑んだんです」


「え?」


 スミレの思いもよらぬ発言に、リアーナは言葉が出なくなってしまう。正直、空奏の書庫の事情についてもモシュネ達ほど知っているわけではないのだ。まさか司書の試練で挫けたのだろうかとリアーナは考えた。確かに、あれは人生で1番の死闘だったが。


「私の試練は、最悪の悪夢に耐えられるか。というもので、数多の夢を見ました」


 (わぁ、私のと全然違う)


 リアーナの時は、大量の静者(ゴースト)が襲いかかってきてひたすらに戦うという、今の亡霊騒ぎと似たようなものだった。

 リアーナはスミレが続きを口にするのを静かに待っていた。


「その時、どうしても耐えがたいものを見てしまって……」


 リアーナも自身の試練を思い出す。あの時は、産みの両親に擬態した亡霊に襲われたり、代わりの両親に擬態した亡霊が滅多刺しにされ、それを他の亡霊達が嘲笑っているという悲惨な状態であった。


 (スミレさんは、もしかしてあれに1人で立ち望んだの……?)


 そんなの、たったの19歳じゃ突破できないのも当たり前だ。むしろ正気を保っているだけで満点だ。


「スミレさん……辛かったら、そんなの受けなくていいんです」


「……そうかもしれません。でも、私は夢で今書庫を支えている人と、たくさんのお話をしました。その人には家族がいて、他にも大切なものがたくさんある人なんです。だから、どうしても早く解放してあげたいんです」


「でも、今書庫をになっている人が試練に挑むことを拒否してるってことですか?」


 スミレはさらに俯き、顔をさらに下に向け、頷いた。


「そう、なんですね。それはどうしてなんでしょうか?」


「書庫に縛りつけたくないと。彼女は、私と出会ってしまったせいで、今後の私の人生を壊してしまうのが嫌だとおっしゃっていました」


 リアーナは考えた。自分が書庫の担い手だとしたら、同じことを言っていただろうと。自分のせいで誰かの未来を確定させてしまうのは酷く残酷だ。それに、リアーナから見ても彼女は健康体とは言い難い。これでは書庫に毎日魔力を搾取され続けることを考えると、とても心配だ。


 (こういう時、母さまと父さま……パパとママだったら何て言うんだろう)


 リアーナの義母と義父は、厳しくとも優しく声をかけるはずだ。父と母ならきっと砂糖のように優しい言葉をかけるのだろう。リアーナにはまだこのような言葉の返答は難しかった。


「ごめんなさいね。こんな話して。あとでモシュネさん達にも相談してみます。……ねぇ、ピューレちゃんを撫でてもいい?」


 (気をつかわれてるのかも)


 リアーナはしゅんとなりながらも、ピューレを差し出すと、スミレは笑顔になって、優しくピューレを抱き撫でた。

 ちなみに、ここは動物が遊びに来るカフェでもある。今も食事をつまみ食いしようと着たであろう鳥がキッチンでシェフからパンクズをもらっている。

 

「ありがとう……夢で出会った方も、このような綺麗な髪色をしていたんです」


 ピューレの目がパチリと瞬きをする。一体スミレがあった夢の中の人とはどんな人なのだろうかと。


 「私も、いつかあってみたいです」


 「ええ。なんとなく、貴女と似た雰囲気を感じます。是非会ってほしいわ」


 二人の緊張が解けて、いや、おそらくスミレとリアーナの優しさが功を奏して時計塔に戻るころには二人はかなり打ち解けあっていた。

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