特別編 ハロウィンパーティー

 本日は待ちに待った記憶の季節では一大イベントと呼ばれる一日の始まり。

 この季節は、暑い星降の季節を過ぎて穏やかになる気候で、モフモフも穏やかになる。


 本来は、豊作祈願だったり、死者との対話だったりを目的としたイベントだったらしいのだけれど、現在では若者を中心として仮装して楽しむお祭りになった。


 当然、わたくしも仮装をしている。

 モスフル王国では、仮面舞踏会が開催されて各国の第二王子や王女が訪れていた。


「なので! 本来は夜のイベントではありますが、昼間に三人だけのハロウィンパーティーを開催したいと思います」

「さすが、ルキディア様! 仮装も可愛いですよぉ」

「俺は乗り気じゃなかったんですけどねー。なんですか、この格好は……」


 レイは裏地が赤い黒のマントに黒い服を着たおとぎ話で書いてあったヴァンピールという装いをしている。

 人の血を吸う不死者らしい……。少しだけ怖いけれど、容姿がとても綺麗で人間たちは魅了されてしまう恐ろしい魔物だという。


 もちろん、わたくしが提案して着てもらった。

 周囲から王子様と言われるだけあって、とても様になっている。


 わたくしは、おとぎ話の資料を漁って小悪魔・・・という衣装を仕立ててもらい着ていた。

 普段は足が一切見えないロングスカートを着ているため、このスカートは膝まで出ていてスースーする。


 メイドたちにも驚かれたけれど、わたくしの部屋で三人だけだと伝えたら了承してもらえた。

 全体的にレイと同じ黒に、少しだけ赤色がそえられている。二本の角も赤黒い。


「チャコラも、とても素敵ですよ! 普段と違った装いで」

「そ、そうですか? ルキディア様に言われると、照れちゃいます……」

「馬子にも衣裳っていう言葉が、異国の本に書いてあったぞ?」


 含み笑いを浮かべるレイに毛を逆立てて文句を口にするチャコラは、普段とは違って水色のワンピースに白いエプロンのような装いで、トランプの絵が描かれている衣装をまとっている。

 こちらもおとぎ話に出てくる不思議な世界の物語だ。


 主人公の少女が、お菓子を食べて小さくなったり、大きくなったりする魔法みたいな話。


「時間は有限です! 早速、ハロウィンパーティーを始めましょう。足りないものはないですね?」

「はい! 色とりどりのお菓子に、紅茶。軽食も用意してもらったので抜かりはありません」

「はぁ……二人がとても楽しそうで何よりです。後片付けをするメイドたちが気の毒だ……」


 わたくしの部屋はオレンジや紫色の小物であふれている。こちらもおとぎ話を題材にさせてもらって、カボチャの置物や、お化けなどで飾りつけをしてもらっていた。


 モスフル王国で行われるイベントとは似ても似つかない。


「うっ……それは、わたくしもお片付けを手伝います!」

「まぁ、いいじゃない。今年初めてなんだし。アタシも片付けるし。それより、始めましょう」

「そうですね! それでは、ハッピーハロウィン!」


 ハロウィンイベントの正式な挨拶らしく、わたくしは手にした紅茶を軽く持ちあげて呪文のように唱える。

 チャコラは元気よく返し、レイは呆れたような声をしていた。


 わたくしは、窓に近いお菓子を手に取ろうとして、不意に開いたすき間から覗く気配に視線を向ける。


「あら? 窓の方に何かいるような……」

「ほへっ……? ん、何かいます?」

「――お嬢は動かないでください。パーティーに呆れていたせいで、気がつかなかった……」


 音を立てずに近づくレイに、わたくしが気がついた何かが部屋の床に飛び降りてきた。

 姿は猫そのもので、黒くつややかな肢体したいに金色に輝く目をしている。

 その姿にわたくしより先に反応したのはチャコラだった。


「ゴホ、ゴホッ……。その猫みたいなやつ! 見た目は可愛いモフモフだけど、魔物よ! しかも、”夢の中に誘う”危ないやつ!」

「なっ……!? 魔法を使われる前に斬る!」

「駄目です! レイ。可愛いのもそうですし、殺したら夢から出られなくなり――」


 言葉を言い終わる前に、視界が歪みわたくしは意識を失いかける。

 かすかに聞こえた気がした声も失われ、チャコラはテーブルに顔を埋め、レイは床に倒れて部屋は静寂に包まれた。



「うぅん……。ここは? あわわ! わたくしたち、猫さんの夢に魅入られてしまったのでしょうか……」


 周りを見回してもわたくし以外の二人はいない。

 ただ、場所は先ほどと変わらずわたくしの部屋。違うところは、影からわたくしを見るモフモフがいること。


「あの子たちは……わたくしが夢で見る、モフモフたち! つまり、こちらはわたくしの夢なのでしょうか?」


 夢のようにゆっくり近づいてきたモフモフたちは、半径5メートルでも逃げることなく触らせてくれた。

 最近はあまり見なくなってしまったモフモフの夢に表情が緩む。わたくしは優しく抱きしめて、精一杯撫でまわした。


 すると、急にレイが目の前に現れる。少しだけ心細かったわたくしは、モフモフを床に下ろして駆け寄った。


「レイ! 無事だったのですね。チャコラは一緒ではないのですか?」

「…………」

「レイ? まさか、本物ではなく”わたくしの”夢……?」


 無言で上の空のレイに顔の前で手を揺らしてみる。

 すると反応したように腕を掴むレイは、手の甲に唇を押し当ててきた。

 まさかの行動に頭に血が上るような感覚で、わたくしは暴れてレイから距離を置く。


「ふ、不敬ですよ!? レイ! そ、その……。貴族の礼儀とはいえ、急にするのは良くありません!」


 シーンと静まり返る部屋に、足下には群がるモフモフたち。レイは相変わらず魂が抜けた人形のようにたたずんでいる。

 再びにじり寄るわたくしに、予備動作もなく再び動き出したレイに抱き上げられるとソファーに座らされた。


 頭がついていけないわたくしは、口をパクパクさせて隣に座るレイを見る。

 すると今度は優しく頭を撫でてきた。


「レ、レイ!? まさか……以前、わたくしが両親以外に頭を撫でられたことがないと言ったから……?」


 つまり、このレイは……わたくしが作りだした妄想?

 気がついてしまった瞬間、わたくしは両手で顔をおおい隠した。

 指のすき間から覗くレイの顔は相変わらずで、けれど普段よりも凛々りりしく見えて胸の奥が高鳴る。


わたくし……他に、レイへの妄想をしていないかしら。最近は変に意識するようになったから……未だに男心は分からないけれど」


 本当に黙っているとメイドや国民の女性が言うように王子様に見えなくもない。

 じっと観察していると、急に動きだしたレイに左手を掴まれる。

 そして、何かを口にしようとして言葉が聞こえないまま動かしていた。

 わたくしは、唇を読むという話術を心得ていないから分からない。


「レイ……? わたくしには、貴方が何を言いたいのかが、分かりません……。ごめんなさい」


 すると唇が止まるレイの顔が近づいてくる。

 再び顔が熱くなるわたくしは後ろに逃げようとして、レイの手が腰にそえられて身動きが取れなくなった。


「レ、レイ……!? 不敬を通り越して、その……駄目です! このようなことは、恋仲の者がするものです! わたくしたちは、そのような関係では――」


 レイの顔を掴んで止めるけれど力の差は歴然で、あと少しで唇が触れそうになった瞬間、身体が光りだす。

 みるみるうちに輝きが部屋全体をおおいレイの姿もモフモフたちも見えなくなった。



 再び目を開いたわたくしは、同時に眠りから覚めたニ人を見て現実世界なのだと実感する。


 夢から覚めたわたくしは、倒れていたレイを目の当たりにして熱を感じる顔を隠した。

 なぜかレイもわたくしの安全を確認してすぐ、床に突っ伏したまま呪いのように小声で何かを唱え始める。

 チャコラだけは、普段と変わらず嬉しそうな表情でお菓子を食べ始めた。


 当然、わたくしたちに夢を見せた猫のようなモフモフである魔物の姿は跡形もなく消え去っている。

 ただ、わたくしたちが平常心を取り戻して、パーティーを再開するまでにニ時間・・・は費やすことになった。



◇◆――――――――――――◆◇

この話は、ハロウィン好きな作者がハロウィン当日に物語を紡ぎたいと生まれた【if】となります。本編とはまったく関係ないハロウィンネタです。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。今後もゆるゆるっとモフサマを宜しくお願いします。

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