第十九話 モフモフ詐欺とスパイ?

 あれから数日後。わたくしたちは、久しぶりに街を散策していた。


 チャコラのおかげで気持ちの整理が出来たのと、そろそろ本格的に準備が始まる建国祭の街視察も兼ねている。


 最近、城に来る商人の間で『モフモフ詐欺』なるものが、横行しているとの噂を耳にしたからだ。

 モフモフを詐欺の道具に使っているのなら辞めさせないといけないと足を運んだのが本音だったりする。


「その犯人さんは、どこにいるのでしょうか」

「まぁ、噂が立つほどですからねぇ。モフモフに目がないお嬢の領地に踏み込んだのが運の尽きですかね」

「それだとわたくしが悪女に聞こえませんか? 犯罪は駄目です。しかも、モフモフを使ってなど許せません」


 レイの言葉を訂正させながら、わたくしたちは噂の出処であるチラシ配りを探していた。

 聞いた話だと、早朝から人が増えてくる2時間ほどの間で、モフモフが載ったチラシを配っているらしい。


 そのため、まだ日が昇ってから時間は経っておらず人はまばらだ。


「あっ! あれじゃない? 大量のチラシを持ってるわよ」


 少し離れた場所から観察すると、街の人間ではない知らない男性が、モフモフの絵が書かれたチラシを配っている。


「間違えないですねぇ……俺が行くと警戒されると思うので、二人で行ってきてもらえますか?」

「そうですね! これは、おとぎ話で読んだ、スパイ・・・というものでしょうか。ドキドキします」

「ルキディア様はアタシの後方ね。アタシが声をかけるわ」


 小さく頷いて作戦を立てたわたくしたちは、男性に近づいていった。

 すると、こちらに気が付いた男性が陽気な顔でチラシを渡してくる。


「おっ! そこの美人なお姉さんたちー。モフモフを飼ってみたくない? 野生を手懐けるのは難しい! だけど、今ならこの値段でお一人様一匹まで飼えちゃうよー」

「えー。野生のモフモフって、ペットよりモフモフしてて気持ち良いんでしょう? ちょっと興味あるから、おじさんチラシだけちょうだい」

「じゃんじゃん持ってってー。他の友達とかにも教えてあげてよ! 今だけの限定だからさっ」


 こちらが調査していることなど、まったく気付いていない男性に笑顔で話しを合わせるチャコラにわたくしは尊敬の眼差しを向けた。


 ニ枚受け取ったチラシを手に、その場から去ると見せかけて家屋の裏手に回る。

 待っていたレイにもチラシを渡して三人で観察した。


「えーっと。お一人様一匹限定、好きなモフモフを金貨1枚で飼える。実際に見て触れて、購入を決めたら事前にお支払い……後日、お届けって」

「完全に詐欺の手口ね。こんなのに、引っかかる人は少ないと思うけど」

「えっ……後日、お届けとは詐欺なのですか?」


 普通に質問しただけなのに、なぜかわたくしを見る二人の表情が強張ってみえる。

 レイなんて頭を抱えているし、チャコラは耳と尻尾が垂れていた。


「ハァ……。お嬢みたいな純粋な、ちょっとしたご令嬢を狙った犯罪ですねぇ」

「うん……。モスフルに住むお嬢様なら、金貨1枚なんてお小遣いでポンと貰えるでしょうし。羨ましい……」

「そうなのですか? チャコラの給金も少ないのなら増やします!」


 良いことだと思ったのに、耳と尻尾を立てたチャコラが両手をブンブン横に振って拒絶される。


 わたくしたちは、男性がある程度配り終えて帰っていく姿に尾行を開始した。

 レイと違って初心者であるわたくしたちは、少し後ろに下がって歩く。


 一番手っ取り早いのは、潜入捜査だった。実際に見せて触れて、信用させてから犯行に及んでいるため可能なはずなのに、心配性なレイが認めてくれなくて尾行をしている。


 チラシに場所も連絡先も書いておらず、二人いわく詐欺だと分かる部分の一つらしい。

 組織的な犯罪だと、空き家を手配したり、投資のようにお金をかけて行っているものもあるらしく、話を聞いたわたくしは目を丸くする。


 男性がたどり着いた先は小さな小屋で、街から少し離れたモフモフの森がある付近だった。


「このような場所に小屋などあったでしょうか……」

「俺が知る限りでは有りませんねぇ。噂が出始めたのが、一週間ほど前ですし……人間の手で建てるのは難しいです」

「魔法とか? アタシは、初期の魔法くらいしか使えないから、創作系魔法とか知らないけど……」


 魔法の勉強もしているわたくしは、創作系の魔法を思い出す。

 家を作る魔法は聞いたことがない。けれど、丸太の家なら浮遊魔法などを駆使して形だけなら作れてしまう。

 あとは、魔物の粘液などで固定したら地震でも起きない限りは……。


「この小屋は丸太で出来ていますし、可能かもしれません。中に入るときは気をつけましょう」

「中に入るとしても俺だけですよぉ。そんな危険な場所にお嬢を入れるわけないでしょ」

「レイの過保護っぷりにも拍車がかかっちゃったわねぇ。まぁ、アタシも賛成。ルキディア様を危険にはさらせないわ」


 二人の意見は同じらしく、犯人を追い詰めるため潜入出来るとワクワクしていたわたくしは肩を落とす。


 先ずは、犯人の動向を探るため三人で近づいていき窓から覗き込んだ。

 中には別な男性の姿に、数匹のモフモフの姿と少女がいる。


 表情は硬いが、真剣な目をして男性たちの言葉を聞いているように見えた。


「えっ? あの子、お客さんには見えないわよね……服装的にも」

「もしかして、テイマーでしょうか……脅されているようには見えませんし、何かの事情で協力しているのか」

「――もしも、加担しているのなら……わたくしは、心を鬼にして捕らえます」


 犯罪は誰であっても許されない。一度許すと、規律や秩序が捻じ曲げられてしまう。

 唯一わたくしに出来ることは、理由を聞いて、厚生させること。


 やはり、しっかりと建てられていないからか、微かに中の声が聞こえてくる。


「――そろそろ、この子たちも開放してあげたいの」

「今更、何を言っているんだ? お前はもう、俺たちと同じなんだよ! 足を洗うなんて出来ると思っているのか」

「あーハイハイ。そんな騒がないでください。仲良くしましょうよ。でも、そろそろ他の街に行くべきかもですねー。商人の間で噂になってるようなので」


 何やらあの少女は詐欺から抜けたいようだった。

 やはり、何か事情があるのかもしれない。捕まえたら話を聞いてあげよう。


「詐欺は確実ですねぇ。ただ、物的証拠がありませんけど。まぁ、被害者はいるでしょうから犯人を捕まえてから考えますかぁ」

「そうね。顔が割れているし、問題ないと思う。それじゃあ、アタシたちは隠れてるから任せたわよ」

「レイ、気をつけてくださいね」


 わたくしたちは物陰に隠れてレイの動向を見守った。


 レイは腰の剣に手を添えたまま、鍵のかかっていない扉を開き中に入っていく。

 途端に中から、けたたましい声がして騒がしくなった。

 緊張が走るわたくしの手を、チャコラが優しく握ってくれる。


 しばらくしてシーンと静まり返る中、開いたままの扉からレイが顔を出してホッとした。


「もう大丈夫ですよー。お嬢の役目、お願いします」

「安心しました。それでは、参ります!」


 扉から中を覗くと小屋にあったロープで縛られた男性二人に、モフモフを抱きかかえて肩を震わせる少女がいる。


 わたくしは真剣な表情で少女に向き直る。


わたくしは、モスフル王国第一王女、ルキディア・モスフル・トワニと申します。貴方はなぜ、この者たちと共にいたのですか? モフモフを使って詐欺を働いていたのは、どうしてですか?」


 わたくしの名前を聞いた少女は青ざめた顔で動揺していた。

 そして、震える声で謝罪を口にする。


「も、申し訳……ございません、でした! わたし、至急、お金が欲しくて……悪いことだと分かった上で、加担しました」

「そうだったのですね。残念ですが、貴方も仲間として捕えます。ですが、城にて詳しいお話を聞かせてください。何か、協力出来るかもしれません」

「ルキディア王女様……寛大な御心、有難う、ございます。申し訳ございませんでした……」


 その後、彼女とともに犯罪の主導犯である二人の男を捕まえた。

 城で話を聞くと、病気の母親がいて、薬代が高額となり普通の仕事では払えなくなり、ギルドの張り紙を見て応募したらしい。


 まさか、ギルドで犯罪の仕事を募集しているなんて驚いて言葉を失った。

 レイに言うまでもなく直ぐにギルド内を調査し、他にも犯罪に関わる張り紙を見つけて、ギルドと一致団結して壊滅させる。


 彼女はその功績が認められ、半年の強制労働と引き換えに母親の治療を城のお抱え魔導師に頼んだところ、重い病気ではなく回復した。


「ルキディア王女様、本当に有難うございました! 精一杯努めさせて頂きます!」

「今回の件は、こちらの落ち度でもありました。ギルドが悪しき者の住処になっていたことが分かったのは、貴方のおかげです。半年間宜しくお願いしますね」


 少女はわたくしのメイドとして半年間働くことで罪を償うことに決まる。

 彼女の笑顔はわたくしの心をほっこりさせた。


 まだ先ではあるけれど、わたくしが治める王国からは悪しき考えを持つ者を一人でも多く減らすこと。

 そして、国民の平和を守ると心構えを新たにした。

 犯罪者でも、理由を聞いて改心出来るのならその手伝いをしたい。


 ただ、裁くだけではない政策を目指そう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る