第六話 モフモフ騒動

 今日は諦めて、もう少し街を探索してから城に帰ることになったわたくしたちは、新しくできたというお店に向かっている。

 モフモフたちがいる癒しスポットの森は、この街からも目と鼻の先にあるほど近い。

 基本的に穏やかな森で、街の人間にも知られている。そこで、できたのがこのお店――。


「――モフモフカフェ……なんて素敵な響きでしょうか」

「ハハッ……お嬢ー……大丈夫ですかね? 半径5メートルでしたよね……モフモフたちが、全員逃げ出すんじゃ」


 腰を曲げてわたくしの耳元で嫌なことを囁くレイに眉を寄せるもの、心配ではある。万一、モフモフが怖がってお店から逃げ出すなんてことになったら……わたくしは、どうしたらいいのかしら……。

 そのため、最善の注意を払い、モフモフとの距離をとってレイを壁にする作戦。


 お店の中は、扉を入って直ぐの場所にモフモフのお土産や、カフェで与えられる、おやつなどが棚に置かれていて、わたくしが愛読しているモフモフに関する本も揃っていた。


「こ、これは……わたくしが購入していない最新のモフモフ図鑑ですわ! レイ、購入しなさい」

「えっ……あ、はい。でも、モフモフが扉の近くにいなくて良かったですねぇ。これなら、万一があっても大丈夫そうだ」


 呆れたレイに構うことなく手に取った本を手渡すと、興奮して命令口調になってしまったのが、少しだけ恥ずかしい。

 レイが購入している間、店内を見渡すと、奥に別な部屋があるのが分かった。なぜなら、扉が一面ガラス張りで、愛らしいモフモフが……つぶらな瞳でこちらを覗いている。


「な、なんて愛らしいのかしら……でも駄目よ、ルキディア。わたくしが近づいたら……逃げてしまう」

「お嬢ー買ってきましたよー。それで、中には……どうします? 近すぎて、無理そうですよね」

「――仕方がないです。愛らしいモフモフたちを怖がらせるのは本意ではありませんので、もう少し外から眺めて……いえ、帰りましょう……」


 肩を落として店から出ようとしたときだった。奥の扉が開いた瞬間、いっせいにモフモフが店内に流れ込んでくる。


「えっ……と!?」

「きゃっ……何事ですか!?」


 中にいた幼い男の子が、モフモフを驚かせたようで、扉が開いた瞬間、混乱して飛び出したらしい。

 でも、ここはまだ店内でホッとしたのも束の間、逃げてきたモフモフが次に会ったのはわたくしだった。

 つまり、更なる悲劇が襲う。


 それなのに、示し合わせたように半径5メートルに入らないよう器用に避けていた。


「うっ……混乱している愛らしいモフモフたち……そこまでして、わたくしを避けて……」

「お嬢! こちらに――」


 そんな中、何も知らない外から来た客が扉を開けてしまい、わたくしから逃れたいモフモフたちがいっせいに店内から飛び出していく。

 レイに手を引かれたわたくしたちは、店内の端によっていて被害はない。そもそも、あのモフモフたちはわたくしが出入り口から離れるのを待っていた。


「ぁぁぁあ!! モフモフちゃんたちがー」

「店長!! どうしましょう!」


 モフモフたちが逃げ出して騒ぐのは当然、このお店の店長らしい男性と、店員の女性。

 モフモフが更に混乱した責任は、当然わたくしにもある。

 レイの手を離すと、店の前で泣き崩れる店長に手を差し伸べた。


僭越せんえつながら、わたくしたちで逃げたモフモフたちを連れ戻します!」

「えっ……貴方たちは?」

「え~っと……モフモフ好きな冒険者です。逃げ出したモフモフたちに特徴とかはありますかー? お店の目印とか……」


 店長から話を聞くと、この店のモフモフたちは全員テイムされていて、野生ではないとのこと。そのため、分かりやすい耳にテイムされた証がついているらしい。

 テイムされた魔物は、森には帰らないし、街からはでないはず。



 今日は街娘の変装をしてきて正解だった。


「レイ、行きますよ!」

「後で、取りに戻るので購入した本を預かっていてください」


 レイとともに逃げていくモフモフの群れを追って走りだす。

 街の人間たちは、何事かと騒ぎ立て更にモフモフたちは混乱して左右に別れてしまった。


 さすがに、レイと二手に分かれて追うわけにはいかない。そもそも、護衛のレイがわたくしとモフモフを天秤にかけたとしても答えは決まっている。

 仕方なく、右側から攻めることにした。


「お嬢! 俺の前は走らないでくださいよっ」

「走りたくても……貴方の方が、足が速いから……無理でしょう!」


 そもそも、レイの足の速さについていける気がしない。

 走り出してほどなくして、次第に足が重くなる。身体も息苦しくなってきて、口呼吸になっていた。

 それに気がついたレイが速度を落として横を走る。


「お嬢、少し失礼いたしますよーっと」

「えっ……? ちょっ! レイ!? は、恥ずかしいわ! そ、それに重――」

「大丈夫ですよー。お嬢は、羽根のように軽いですから」


 腰に腕を回されたかと思うと、まさかの走っている体勢から抱き上げられた。


 地面から身体が浮くと、レイの顔が近くなって今まで感じたことがない感情があふれだす。

 当のレイは、わたくしを荷物だとでもいうように素っ気ない。女性たちになびかない理由が分かった気がする。

 しかも、重いと発した瞬間頭を小突こうかと思ったけれど……サラッと甘いセリフなんて。

 けれど、恥ずかしがってなんていられない。


「そ、それでは……このまま、突き進みなさい! あっ、あそこにモフモフの群れが!」


 変わらない速度で走るレイに指示をだしながら、次第にモフモフと距離が縮まっていく。

 魔法には身体強化や、速度強化などがあって、騎士たちはある程度の魔法が使えるから、それに頼っていたりする点、レイは魔法強化ができなくて人一倍努力をしているのを知っていた。


 わたくしも、強化系の魔法を覚えていなくて使えない。この大量のモフモフを傷つけずに、いっせいに捕まえる方法は……。


「そうよ。モフモフを傷つけずに捕まえるために覚えた魔法! ――光のベール!」

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