第7話 些細な繋がり
翌日。幼少期を過ごした孤児院を尋ねてみようと思い立った。
俺は発情期が始まり一人暮らしになっても、成人の十六歳まで孤児院で飯を食べたりと、世話になっていた。
その後も王都を離れる直前まで、孤児院長の計らいで何かとよくしてもらった。
久しぶりだ。十年ぶりになるか。
王宮の正門を出ると、早速、人型から狼の獣型に変化する。
一瞬で全身が艶やかな紺碧の長毛で覆われ、鼻は尖り顎は発達し、剛健な四肢を手に入れる。
姿を変えた俺は、全身に力が漲り解放感に満たされ、大きく伸びをした。
ゆったりとした服は、獣型に変化しても着られるように工夫されている。
「行くか」
俺は一人呟く。
地面を力強く蹴り獣の姿で疾走した。
人型では不可能な速さ。
獣人は獣型に変化することによって、優れた獣の能力が発現するのだ。
飛ぶように前足と後ろ足で駆け、風が全身を撫でる感触が心地よい。
王都の舗装された道を人を避けつつ、かなりの速さで走り抜けると、懐かしい風景を眺めた。
人通りが多い商業地区は、様々な雑多な匂いと音がする。
それを過ぎると、道が狭くなり住宅地区に入る。
大通りには裕福な邸が多く、裏手には俺が一人暮らしをしていたようなオンボロ家屋も存在する。
貧富の差が激しいのが王都だ。
あっという間に孤児院に到着した。
ここは、時間が止まったかのように記憶と変わらないな。
懐かしい。
人型に戻って躊躇いながら門の中に入ると、孤児院の庭の畑に子供達がいて、玉ねぎやトマトなどを栽培していた。
俺がいた頃から育てていた野菜に遠い記憶を刺激される。
その畑に小さな子に混じって、帽子を被ったニコがいた。
ニコは俺が孤児院にいた時に、同室だった大きな男だ。
「ニコ!」
俺が叫ぶと、ニコが顔を上げて瞠目する。
「ゲリン!いつ、戻ってきたんだ?」
大柄のニコは熊獣人だ。
のんびりとした印象は、今でも変わっていないようで俺は嬉しくなった。
「久しぶり。一ヶ月前から、王宮に住むことになったんだ」
「王宮に?まさか近衛騎士になれたのか?」
「違う。近衛ではないんだ。護衛兵をしてる」
「それでも、すごいぞ」
少し照れ臭い。
「ニコは元気だったか?」
「うん。二年前に孤児院長を任されるようになって、大変だけど楽しんでる」
前の院長は引退して遠くに引っ越してしまったらしい。
畑の手伝いをしながら、十年の間を埋めるように話をした。
「毎年、ゲリンは孤児院に寄付金を送ってくれてただろ。ありがとうな」
「世話になったのに、恩返しできなかったから」
孤児院で育った子は、成長すると孤児院の手伝いをして恩を返す。
だが、俺の場合、たいして世話もできずに離れてしまったのが心残りだった。
アプト領に移住し生活に余裕ができた頃、気持ち程度の金額でしかなかったが孤児院に仕送りをしていた。
「ゲリンはダイタ様と特に仲が良かっただろ」
「え……」
アルファとオメガの特別な関係だったことは、誰にも知られていない。
ニコが言っているのは、友人としてだ。
「ダイタ様は孤児院の支援をお父様から引き継がれて、今でも手厚く支援してもらってるんだ。視察にも、よくいらっしゃる」
「そうか」
「それでね、ゲリンは連絡の一つもないってダイタ様が心配してたから、毎年お金を送ってくれてる話をしたんだよ。寄付してくれるなら、元気なんだろうって笑ってたよ」
「……お返しに孤児院の子供達からのお礼の手紙を送ってくれてただろ。届いてたよ。ありがとな」
エモリー経由で金銭を届けて貰い、手紙を受け取っていた。
「それもダイタ様が支援者になってから始めたことなんだ。それに書いた手紙はダイタ様に渡して送ってもらってたんだよ」
「へえ」
俺は大きな声を出してしまった。
手紙は、いつも箱に入れられ、一年に一度、エモリーから渡されていた。
直接、ダイタが届けていたとは考えにくいが、それでも俺は十年間、細い繋がりがあったことに目眩がした。
馬鹿だな。そんなの些細な繋がりだ。
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