第33話 おかえりマイネ

 獣人車が王宮の大きな正門をくぐった。


「カスパー、もう着くよ」


 マイネの膝枕で眠るカスパーの肩を揺すって起こすと、すぐに目を覚ます。

 アプト領から王宮までの長距離移動をしたカスパーは、少し疲れたようで三時間前から車内でぐっすりと寝ていた。


「王宮、着いた?」

「うん、着いた。もうすぐ、降りるからな」


 しばらくすると、車輪が止まり、扉が外側に開けられると、マイネ達よりも早く別荘を出発したルシャードの姿があった。


「マイネ。カスパー」

 ルシャードが嬉しそうに名を呼び、二人の到着を心待ちにしていたのが伝わってくる。


 その背後には大勢の文官や武官や騎士団が居並び、マイネとカスパーを歓迎するかのように出迎えたが、カスパーの容姿に皆が驚いているようだった。


「この人達、何?」

 マイネの手をぎゅっと握ったカスパーが呟くと、獣の耳をそばだてながらルシャードが答えた。


「気にするな。カスパーは堂々としてればよい」


 金ノ宮の玄関ホールに踏み入ると、ここでも家令や侍従や侍女が勢揃いで低頭し、カスパーの足が驚いたように止まる。

 尻尾の動きもぴたっと止まっていた。


「今日からここがカスパーの住まいだ。カスパーの部屋もあるからな。案内してもらえ。ゲリンもこっちに来い」


 ルシャードが呼ぶと、後方にいたゲリンが、さっと前に出てカスパーの横に並んだ。


「着いて早々だが、マイネは婚姻の儀の準備がある」


 マイネは「はい」と返事をして、カスパーの手を離した。


「カスパー、お父さん少しの間だけ離れるけど、いい子にしてるんだぞ」


 毛足の長い絨毯や高い天井や太い柱と、きょろきょろと視線を彷徨わせていたカスパーが、マイネを見た。


「どこ行くの?」

「ルシャード殿下と結婚するために、国王陛下に会ってくる」


 カスパーとゲリンを残し、ルシャードに誘導され向かった先は湯殿だった。


「一緒に入りたいところだが、生憎時間がない」

 徐にマイネの服を脱がし始めたルシャードの手を止めて「自分で脱ぎます」と慌てて告げる。


 ルシャードの熱い視線を感じながら、全裸になると、豪華な湯殿に続く扉を開けた。

 広い洗い場で身を清め、湯気が立ち上る大きな円形の浴槽に浸かる。

 白く甘い香りがする湯だった。


 ほっと息をついた。

 黄金の人ルシャードの突然の子連れ結婚は、王宮内にあっという間に広まるだろう。

 ルシャードの評価が落ちなければよいが、と考える。


 獣人車を降りた時の好奇の目にカスパーを晒したくはないが、時が過ぎるのを待つしかない。


 湯殿を出ると、待っていたルシャードにタオルで包まれて優しく拭かれる。


「ありがとうございます」


 無防備に裸を委ねるマイネにルシャードが目を細めた。

「おかえりマイネ」


 マイネは唇を噛み、こくりと頷いた。

 四年半前、事務官だったマイネは、ルシャードの妃となって再び金ノ宮に戻ってきた。


 時間が止まっていたかのような王宮の景色に、寄宿舎に住んでいた頃が懐かしくなる。






 マイネが身に纏っている婚礼の真っ白な装いは、ルシャードと揃いで、見返りのある襟元に豪華な宝石が散りばめられていた。

 袖にはレース模様の白金の刺繍が輝き、背中側の裾は翼のように長いデザインだ。

 

 一週間で用意したとは思えないほど、マイネにぴったりだった。


「よく似合ってる」

 ルシャードは、正装のマイネの姿をじっと眺めて褒めてばかりだ。


 アーチの列柱が並ぶ長い回廊を渡り、巨大な両扉の前で止まる。

 その重そうな両扉が開くと、目に飛び込んできたのはアーチ状の天井に王冠の形をした巨大なシャンデリアだ。

 漆喰装飾を施した精緻な壁と天井に囲まれた空間は、玉座の間と呼ばれる。


 玉座に鎮座するのは、ディアーク王。

 ディアーク王は王太子だった頃に、二度だけ会ったことがあるが、以前とは違い王の威厳が醸し出され堂々としていた。


 圧倒されるマイネの腰にルシャードが腕を回し、年老いた大神官の前まで近寄る。

 ルシャードとマイネは寄り添って佇んだ。


「これより王弟ルシャードの婚姻の儀を執り行う」

 大神官を厳かに告げた。


 マイネとルシャードの両側には、若い神官達が立ち並び祈りを捧げるなか、大神官は歴代の王の名を列挙し「祝福を与えたまえ」と唱えた。


 盃を渡され、小さな白い花びらが浮かぶ無色透明な水を同時に飲み干す。


 すると。

「前へ」

 ディアーク王が威厳のなる声を轟かせた。

 

 ルシャードとマイネが王の眼前に近寄り一礼すると、ディアークが高らかに言った。

「王弟ルシャード・フォン・ヴァイツゼッカーとマイネ・オズヴァルドが結ばれたことを、ここに宣言する」


 これでルシャードとマイネの婚姻が成立し、番になることができる。

 長い遠回りをして、ここまで辿り着いた。


 ルシャードと視線が合うと、優しく微笑まれた。

 結婚は、明日にでも国民に公表され、近いうちに祝賀会も予定されている。


 玉座の間を出ると、扉の外で待っていたハンが、深いお辞儀をした。

「御結婚おめでとうございます」 


 マイネの顔は、緊張で強張っていたに違いない。


「ルシャード殿下は、まだ手続きが残ってます。マイネは先に金ノ宮に戻りますか?」


 ルシャードは、カスパーを養子ではなく実子だとする手続きが残っていた。


 ルシャードはマイネを抱きよせた。

「先に戻って休んでくれ。疲れただろ。急かせてすまない」


 確かに、王宮に到着してからニ時間しか経っていない。

 そもそも、ルシャードと番となる約束してから一週間しか経っていないのだ。


 ディアーク王をも急かしたことは明白だった。

 ルシャードが、これほどまでに急ぐ理由はカスパーの存在ではないだろうか。

 

 ハンに促され、マイネは長い回廊を引き返す。

 金ノ宮に戻ると入口で出迎えられ「おめでとうございます」と家令から祝福を受けた。


 

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