第32話 カスパーの父親

 休憩を挟みながら獣人車に揺られること六時間、王家が所有する別荘に到着した。

 今日はここで一泊し、明日の早朝に出発する予定だ。


 従者に案内された部屋は、マイネだけが二階で、近衛騎士とゲリンとハンの部屋は一階だ。

 オティリオが泊まる部屋は、渡り廊下で繋がった離れだった。


 車内に閉じ込められていた反動で、カスパーは広い部屋を動き回る。

 二人の部屋は、寝室と書斎の二部屋もあった。

 

 ベッドも見たことがないほど、立派だ。


 カスパーが何気なく訊いた。

「僕の、耳と尻尾は、獅子獣人なのに、ヨシカさんに、似てない。どうして?」


 カスパーは、車を引いていた獅子獣人のヨシカと自身を比べてしまったようだ。

 確かにヨシカの耳よりカスパーの耳の方が、三角に尖っているし、尻尾も違う。


 カスパーは獅子獣人ではないから、似てなくて当然だが。

 これ以上嘘を重ねることはできなかった。

 カスパーに告げる時が来たのだろうか。


 マイネは覚悟を決める。

「うん。カスパーは獅子獣人じゃないから」


「僕、獅子獣人、じゃないの?」

 カスパーの動きが止まった。


「うん。ごめん。違う」

 

 カスパーが一人親だということに疑問を持った時、マイネは二つの嘘を吐いた。

 一つ目の嘘は、聖獣だということを決して教えられなかったからだ。


「じゃあ、僕は、なに獣人?」


「カスパーは聖獣だ」

 マイネが答えると、カスパーは飛び上がりほど驚いた。


「聖獣?本当に?死んだお父さんが、聖獣、なの?」


 二つ目が父親が死んだことにしたことだ。

 その嘘は、二人で生きていく決心が鈍らないためだったかもしれない。


「ごめん。本当は死んでない。カスパーの父親はルシャード殿下だ。ルシャード殿下とカスパーは血が繋がってる本当の親子だ。二人は似てるだろ」

 マイネは、カスパーが理解できるようにゆっくりと説明した。


「わかんない。死んだって、言ったもん」

「ごめん。本当は、ずっと会えなかっただけなんだ。カスパーは俺とルシャード殿下の子。そして聖獣だよ」


 カスパーが黙ったため、マイネも口を閉じた。


「……僕、一人で、遊んでくる」

「え?どこに?」

「どっか。ついてこないで」


 別荘の敷地から外に出ることはできない。

 しばらくしたら戻ってくるだろうと思ったが、三十分経ってもカスパーは戻ってこなかった。


 遊びに夢中になっているだけかもしれない。

 しかし、マイネはじっとしていられなくなった。


 ゲリンの部屋とハンの部屋に行ってみるが、どちらも留守だ。

 部屋で待っていた方がいいのだろうか。


 あちこち探し回ったマイネはオティリオの離れまで探しに出た。

 

 離れの玄関の扉を開けたティノにマイネは訊く。

「カスパー来てないですか?」

「来てないです。どうかされましたか?」


 事情を説明しようとすると、奥からゲリンが現れた。

「ゲリン、カスパー見なかった?三十分前から姿が見えないんだ」


「一時間前からオティリオ殿下と酒を飲んでたから、見てない。俺も探そうか?」


「ここで、何してるんだ?」

 声がして振り返ると、突如、背後にルシャードがいた。


 不思議とルシャードの顔を見たら、安心して肩の力が抜ける。


「カスパーに本当のことを教えたら、一人で遊びに行くと言って戻ってこなくなって」

 

 ルシャードは思案げにする。

「ここの別荘なら、よく知ってる。どこかに隠れてるのかもしれないな」


 そう言ったルシャードがカスパーを抱いて現れるのに、たいして時間はかからなかった。


「見つけた。階段下の備品室にいた」

 ぎこちなく抱くルシャードと居心地が悪そうにするカスパーだった。


「……カスパー、ごめんな」


 カスパーもどうしたら良いのかわからなかったのかもしれない。

 聞いていた話と違ったことにマイネに不信感も抱いただろう。


 ルシャードが口を開いた。

「カスパー。マイネは悪くないんだ。俺が二人を探すのに四年半もかかってしまった。でもこれからは、ずっと一緒だから。許してくれないか」


 カスパーがルシャードの顔を見上げる。

「探してたの?」


「そりゃあ、探したさ。ようやく見つけたんだ。これからもマイネとカスパーがどこかに隠れてしまったら、今みたいに俺が見つけ出してやるからな」


「僕、嘘つかれて、嫌だったから、隠れたの。本当は、お父さんが、生きてたのも、聖獣なのも、嬉しいよ」


 カスパーの言葉を聞いたルシャードは、初めて父親と実感したような顔で笑った。


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