第25話 既視感と誤解
その女性はマイネとゲリンを見て、足を止める。
「あら、ごめんなさい。お客が来てるとは思わなくて」
銀髪を三つ編みにした三十半ばぐらいの人間の女性だ。
リサが女性を手招きして、二人に紹介した。
「私の妻のエリだよ。会うのは初めてだよね。それでこっちがエモリーのとこのマイネとゲリン」
マイネは初めて会うエリに既視感を覚える。
エリの山吹色の瞳が、誰かに似ているのかもしれない。
「リサが既婚者だとは知らなかった。いつ結婚したんだ?」
ゲリンがエリをじっと見た。
「あぁ、今、話をしていた四年半前だよ。エリもアンゼル出身で二人でガッタに移住して、アンゼルに戻った日に結婚したの」
女性同士の結婚も珍しくない。
ガッタからやって来たリサとエリ。
マイネが知りたいルシャードの婚約者とは関係がなさそうだが、エモリーの話では王家と繋がりがある人物は、この二人以外にはいないらしい。
「アプトに来た日に結婚したと言ったが、何月何日だ?記念日だから覚えてるだろ?」
ゲリンの言葉に、はっとした。
マイネが王都を逃げ出したのは三月だ。
正確な日付は記憶にないが、月の真ん中あたりだったはずだ。
「三月十六日よ」
リサが答えた。
あの日、マイネが王都から逃げた日。
間違いない。
ルシャードが出迎えた王女は、この二人だ。
しかし二人ともガッタの王女ではない。
「その時、マイネはルシャード殿下の事務官だったらしい」
唐突にゲリンが言った。
「えっ」と呟いたのはエリだった。
マイネと目が合う。
そして、誰と似ているのかわかってしまった。
でも、まさか。
マイネは大きな誤解をしていたのか?
エリの目はカスパーに似ていた。
いや、ルシャードに似ているのか。
ルシャードに似た王女。
「あなたも生きてたの?あなたルシャードが探してた子でしょ?」
エリが興奮したように言う。
リサがエリの失言に諦めたような表情をした。
「まさか……まさか…エリーゼ殿下?」
マイネが呟く。
アンゼル王国の王女エリーゼは、十五年前に亡くなっている。
国境の視察中に川の氾濫により二十二歳の若さで命を落とした王女だ。
エリーゼも生きていたというのか。
エリが頷いた。
エリーゼは驚くマイネに微笑むと、凛とした声で言う。
「私は名前を言ってはいけない人なの。誰も私の名前を呼んでなかったでしょ?」
ルシャードがガッタ王国に極秘で会いに行っていたのは、死んだエリーゼだったのか。
ハンがマイネに伝えられないのも頷ける。
そして、ハンとミラの会話を立ち聞きしたマイネは、ルシャードが会いに行ったのがガッタの王女だと誤解してしまった。
二人が「王女殿下」と言っていたからだ。
「私が亡霊になったのは、父上にリサとの結婚を反対されたからなの。当時、私には婚約者がいて、その人と無理やり結婚させられそうになったから、リサと二人でガッタに逃げ出したの。そして父上は私を死んだことにしてしまったのよ」
リサが説明を加えた。
「エリはベータでアルファの私と結婚しても妊娠の確率が低いらしい。聖獣の確率はゼロに近い。だから反対された」
王家の血を引く獣人アルファは聖獣になる。
ベータのエリーゼが聖獣を産む確率を上げるには、男アルファの聖獣との結婚が望ましい。
エリーゼの婚約者が誰だったか、なんとなく察することができた。
「兄上もルシャードも私のために父上を説得してくれたらしくて、ようやく結婚の許しがでたのが四年半前。その時にガッタからアンゼルに戻ってきたわ」
国王から結婚の許しが出たのは、ルシャードではなく、エリーゼだったのか。
「父上はエリーゼが生きていたと公にするつもりだったみたいだけど、私は王宮に戻るつもりがなかったから公表はしなかった」
ルシャードは、マイネのこめかににキスを落として、姉を出迎えに行ったのだ。
結婚の話などなかった。
ルシャードの結婚は、マイネの間違った想像でしかなかったのだ。
そして、マイネの勘違いを利用して、嘘を吐いた人が一人だけいる。
「マイネも生きてたのね。マイネを見つけたことルシャードに教えてもいい?」
「ルシャード殿下はもう知ってます」
「そうだったの?私達が王宮に到着した日、行方不明になった事務官をルシャードは必死に探してたのよ。あんなルシャード初めて見た」
ルシャードはマイネが川に流れたと知っても、ずっとマイネを探していたと言っていた。
リサが口を開けた。
「マイネに初めて会った時、アルファのマーキングの匂いが微かにしたの。強いアルファの匂いだった。すぐに消えてしまったけど。でも聖獣のマーキングが一年も残ってたってことよね」
「マーキング?」
マイネが初めて訊く言葉だ。
「アルファ同士にしかわからない匂いよ。マーキングは他のアルファが近寄らないようにするためって言われてるわ。普通は一週間もしないで消えてしまうのだけど、聖獣のマーキングは違うみたいね」
妊娠してたことと関係があるのだろうか。
出産するために聖獣に守られていたのかと思うと、暖かい喜びが湧き起こる。
今までは結婚するルシャードを好きだと想うことさえ阻まれていた。
ルシャードを想うたびに痛みのあった胸の奥が、今は息苦しくない。
ルシャードを今でも好きだ。
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