第24話 消えたガッタの王女

 翌日。院長室の扉を開けたマイネは、エモリーに挨拶をした。


「もう体調は戻ったのかい?」

 エモリーが顔を上げる。


「はい。大丈夫です」


 ゲリンが不審がっていたガッタの王女について、領主の番のエモリーならば知っているはずだ。

 仕事とは別の用件で話があると切り出したマイネは、エモリーに「それなら昼食を屋敷の方で一緒にとらないか」と誘われた。


 昼になり、ゲリンも加わり三人で領主館の部屋で食事を用意してもらうことになった。


「それで、何の話だい?」

 午後からも予定があるエモリーは時間に余裕がなく、食事をしながら会話を促した。


「あの……四年半前の話なんです。ガッタの王女殿下がアンゼルに訪問したはずなんです。アプト領を通った時の話を教えてください」


「ガッタから王女殿下?」

 サラダを食べながら、エモリーは不思議な顔をした。


「はい。覚えてますか?」

「四年半どころか、そんなことは一度もないね」

 エモリーが即答する。


 マイネはその答えに、頭の中が真っ白になり、次に何を聞けばよいのかわからなくなった。


 ゲリンが質問のあとを継ぐ。

「それなら、王家と関わりのある人はどうですか?」


「四年半前ね……あぁ、思い出した。王家がガッタから呼び寄せた女性を領主館に泊めたことがあったな」


「その人!極秘訪問の王女殿下だったのでは?」

「王女殿下なわけがないよ。だってマイネも会ったことあるよ」

 エモリーが手を振って笑った。


「え?誰ですか?」


「リサだよ。あの子は王家がガッタから呼び寄せたって聞いたよ。優秀な薬剤師としてね。王宮付きの薬剤師になるのかと思ったけど、アプトが気に入ってくれたみたいで、ずっと、あそこ住んでる。マイネが出産する前ぐらいだったはずだ」


「リサですか……」

 確かにリサが王女だとは思えない。


「他にいませんでしたか?第二王子殿下が出迎えに来たはずなんです」

「記憶にないね」


 いるはずの王女がいない?

 ルシャードの婚約者はどこに消えたのだ?

 それが、結婚が延期になっている理由なのだろうか。


「マイネ、リサに会いに行ってみないか?」

 ゲリンが言った。

 

「リサは関係ないでしょ。行く必要ないと思うけど」

「何か知っているかもしれないだろ」


 魚のムニエルを食べ終わったエモリーが口を開く。

「二日前、君達がリサの家に行った時、ルシャード殿下の秘書官だと名乗る男がマイネのことを探しに来たんだよ」


「秘書官のハンさんですね。お世話になったことがあって、心配して会いに来たみたいです」


 マイネの皿は、まだほとんど残っていた。

 トマトを口にした。


「秘書官の様子があまりに必死だったから、マイネの外出先まで教えてしまったのだけど、困ったことにはならなかったかい?」


「大丈夫です。ありがとうございます」

「その時に秘書官はリサのことを知っているみたいだったよ。よくわからないけど、午後からリサに会いに行ってきたら」


 ゲリンとマイネは顔を見合わせた。


 リサに会いに行くことになったゲリンとマイネは、急いで食事を済ませると、エモリーの屋敷から出る。


 二人で話しながら歩いていると。

 

「後をつけられてるな」

 ぼそっとゲリンが呟く。

 

 マイネは「え?」と声が出た。


「殿下がマイネに護衛をつけていったのかもしれない」

「まさか…」

「どうする?撒いてもいいか?」


 マイネが頷くと、ゲリンはマイネの手を握り細い路地がいり組んだ方へ走り出す。

 何度も曲がり角を疾走しながら狼に変化してマイネを背に乗せて走り去った。


「いなくなった」

 ゲリンが言い、マイネは安心した。


 ルシャードがマイネに護衛をつけたのだとしたら、すでにカスパーを知られているかもしれない。

 しかし、そこまでするだろうか。


 二日前と同じ風景が過ぎていく。

 ゲリンとマイネは山賊に襲われた森も抜け、薬剤師がいる家に着くと、玄関扉を叩いた。


 二日前に来たばかりのゲリンとマイネの姿にリサは「どうしたの?」と訝しげに言う。

 

 ゲリンは「ちょっと聞きたいことがあって」と部屋の中へと入り、マイネも後に続いた。


 マイネはリサからもらった薬が役に立ったことを、思い出し礼を言う。


「この前の帰り、山賊に襲われてリサがくれた解毒薬で助かったんだ。ありがとう」

「二人が帰った後に山賊が捕らえられたらしけど。やっぱりゲリンが退治したの?」


 マイネが頷く。


 椅子に腰を下ろしたゲリンが、話を遮るようにリサに問いかけた。

「それよりも、ガッタからアンゼル王国に来た時のことを聞きたいんだ。どういう経緯で、ここに住むようになったんだ?」

 

 リサの肩に力が入ったようにに見えたのは、思い過ごしだろうか。


「どうしたの?今更、そんなことを聞かれるとは思ってなかったわ。覚えてないことの方が多いかもしれない」


「それでもいい。アンゼルの王家から薬剤師として招かれたと聞いたけど間違いない?」

 マイネがそう言うとリサが答える。


「間違いないよ」

「ガッタ出身なの?」

「アンゼル出身よ。ガッタには十年間移住してただけ」


 やはりリサはガッタの王女ではない。

 

「ルシャード殿下に会ったことはあるか?」

 ゲリンが質問を続ける。


「覚えてないけど会ったことがあるかもしれない。ゲリンの質問の意図がわからないんだけど」


 突然、玄関扉が開く。

 見たことのない女性が部屋に入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る