女騎士団長は戦鬼の生贄になるつもりはない
雪兎(キヨト)
1.始まりの書簡
世界一の大国であるロードグラン。その国王アルデュラスは通称『黒龍を駆る戦鬼』として有名だ。世界でも希少な竜種の中で最も強暴とされる金眼の黒龍を従え、ひとたび戦が起こるとその黒龍を駆り戦鬼と化す。彼の姿を見たものにはすなわち死が訪れる。その名は戦が起こるたびに飛び交い、そして世界中から恐れられていた。
その隣国であり、現在かの国と協定を結んでいるリングジルドには、王国初となる女性の騎士団長が任命された。彼女の名はユーリティス・ランディール。
リングジルド王国の中で力を持つとされる派閥のうちの一つ、ランディール家の長女して生まれ、男同然に育てられてきた。だがその半面、いずれ彼女はアルデュラス王に嫁ぐ為に淑女としての厳しい教育も課せられてきた。
『戦鬼の生贄』
彼女は陰でそう呼ばれていた。そして、その事は本人の耳にもしっかり届いていた。
それでも、彼女はその事を微塵も感じさせないような毅然とした姿勢と、そこいらの男性騎士よりも立つ腕と頭脳を持っていた。
それ故に彼女が女性でありながら騎士団長に任命された時にでも、誰一人として表立って不服を申し立てる者はいなかった。
「ユーリ、ちょっといいかい?」
そんな彼女に親しげに声をかける事が出来るのは、彼女の幼馴染であり、リングジルドのもう一つの勢力でもあるミンガイル家の長男でもあり、現在彼女の補佐役として副団長を務めるシーグラスぐらいのものだ。
「シーグラス、騎士団内で私のことを略称で呼ぶのはやめろと言っただろう?」
溜息まじりにそう答えるユーリティスに、シーグラスはにっこりと満面の笑みをうかべる。
「君はいつでもそういうけれど、この団長室の中くらいは許してほしいな。今は他に誰もいないのだし」
その笑みは彼の外見も相まって、女性なら誰でもうっとりとしてしまう程のものだ。
「……で、話は何だ?」
しかしその笑顔も、長年の付き合いである彼女には通用しない。もっとも、彼女が顔を赤らめる様など、彼でもここ数十年は見たことがないように思える。
いつもの事に軽く肩をすくめながら、シーグラスは書簡をユーリティスに差し出した。
「西からの伝令だ」
その顔はもう笑みを浮かべていなかった。
ユーリティスは一つの予感を浮かべつつ、その書簡を受け取る。
『グレッグ渓谷に侵入者あり。これを捕らえたところ、人質の返還と称してファーラン国より使者参る。警告に応じねば直ちに戦にうつすとの事。指令を仰ぎたく伝令致す』
「またか……」
書簡に目を通すや否や、ユーリティスは瞳を閉じて眉間に指をやる。
ファーラン国とはリングジルドの西に位置する国なのだが、以前から何かと理由をつけてはこちらに戦を仕掛けようとしてくる事で度々問題になっていた。
その度に兵を出し、国境で牽制する事になるのだが、何度追い返されても懲りないのか、隙あらば使者や兵を連れ立ってやって来る。
歴代の騎士団長はみな、一度ならずこの問題国に頭を悩ませていた。
「いつもの事ではあるけど、また兵を送っておこうか?」
「そうだな……」
思案するユーリティスの耳に、バタバタと忙しい靴音に続いて団長室へのノックが響いた。
「ユーリティス騎士団長はおいででしょうか!」
何やら急ぎの用らしい。ユーリティスの代わりにシーグラスが素早く許可を出した。
「入れ」
その声が聞こえるか否や、一人の騎士が入室してきた。
「騎士団長にガルデラ様からお呼び出しがかかりました。宰相室でお待ちです」
「ガルデラ様が?」
シーグラスがユーリティスに視線を送る。ガルデラはこの国の宰相で、王からの信頼が最も高く、また重臣達からの支持も厚い。
現時点で彼に逆らえるものはいないだろう。
「直ちに参上する。ガルデラ様にはそのように伝えよ」
ユーリティスの返答に、騎士は一礼して即座に部屋を後にした。
「ファーラン国の事は後だ。まずは宰相殿のところへ行ってくる」
その言葉にシーグラスが呆れた様に溜息をついたが、ユーリティスは気にも留めずに謁見用の上着を羽織る。
「お気をつけて、団長殿」
何やら含みのある言葉に見送られて、彼女は宰相室へと向かった。
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