古美術商のうちの店にJKが売りにきたもの

にゃんちゅうだ!!

古美術商のうちの店にJKが売りにきたもの

 骨董品店『正源しょうげん』は創業60年を誇る老舗である。


 そして俺はそこの四代目。


 うちが扱っているのは主に日本や中国の古美術品で掛け軸や茶わんや湯飲みや壺。日本刀や甲冑などの類もいくつかある。


 古美術商の仕事のメインはオークションでの骨董品の落札だ。


 目利きを聞かせて良い品を仕入れる。


 文字にすればシンプルだが、これが一番難しい。


 基本的にオークションはあちこちでほぼ毎日のように行われているが、目当ての品がない日は一日中店にいる。


 その昔は一日中客が来ず退屈そうに店番をする古美術商の姿が多くあったが、今は違う。


 商品一点ずつを写真で撮り店のホームページに上げる作業や、SNSで発信したりもする。正直、おれはSNSの使い方や写真撮影は苦手で、同年代からは後れを取ったオールドスタイルで仕事をしている。


 それでも一日に何件か品物の問い合わせがあり、お客さんとメールのやりとりをしている。


 店番をしていてもお客さんは一日に十数人ほど、ほとんどが見て回ってすぐに出ていくだけ。そのため普段は店の奥のスペースでゆっくりとネットしながらお茶を飲んでいることが多い。


 今日もオークションに出品される品物を確認していると、入り口の引き戸が開く音がした。


 来客だ。


 俺は畳から立ち上がり暖簾をめくり店に出ると。


 そこに居たのは制服を着た女の子だった。


「あの……ここって買い取りとかもしてるんですよね」


「ええ、買い取りもしていますが」


「よかったぁ」


 女の子はほっとした表情を浮かべる。


「ですが未成年の方から買い取りは出来ないんですよ」


「え」


「ですのでお売りされるときは親御さんと一緒にお願いできますか」


 こういう商売をしていると、勝手に人の物を売りさばくというのはよくある話。


 そういうトラブルを避けるためにも年齢確認や身分証の提示は必須なのである。


 というか未成年はそもそも対象外なのだ。


「み、未成年じゃないです!! こう見えて」


 いや、明らかに未成年だろ。制服も来てるし、顔も幼いし。


「それじゃあ身分証のご提示お願いできますか」


「そ、そんな忘れたし。家に忘れたしっ」


 なんでちょっと偉そうなんだよ、こいつは。


「それでは取りに帰っていただいてよろしいですか? 成人されていても身分証の確認ができないと買い取りをすることができないので」


「むぅー」


『むぅー』じゃねぇ。


 子供っぽく頬を膨らましてもダメなものはダメだ。


 この仕事は信頼第一だし、明らかにこいつJKだし。


「ねぇ、おじさん」


 お兄さんじゃなくて、おじさんって呼ばれた。まだ27なのに。


「なんですか」


「本当に自分の物でもダメなの? 親に一緒に来てもらわないとダメ?」


「自分の物かどうか判断できないですし。家から勝手に持ってきてるかもしれませんし」


「絶対そんなことないし。絶対に自分のモノだし」


「そう言われましても。それに売買契約を結べないんですよ未成年では」


「そんなこと言って、こっそり買い取ってくれたりするんじゃないの?」


 なんか悪そうな顔で俺に近づいてくるJK。


「いやいや、そういうのはうちではしてないから」


 なんかめんどくさくなって、ためぐちになってしまった。


 まぁ、いいか。


 どうせJKだし。


「えー、せっかく持ってきたのにー」


「なにか持ってきてたのか」


「うん、五枚」


 枚という単位。


 絵か?


 掛け軸か?


 絶対に買い取りはしないけど、職業病というべきか骨董品なら見てみたいという気持ちが湧く。


「買い取りは出来ないけど、見るだけ見てやってもいいぞ。査定として」


「え、おじさん。それずるくない?」


「ずるいってなんだよ。売りに来たんだろ?」


「そりゃそうだけど……」


 なにやら太ももをすり合わせてもじもじ。


 もしかしてこいつ自分が描いた絵か何かを持ってきたんじゃないだろうな。


 どのみちたいしたものじゃないか。


 ついさっきまで好奇心に駆られていた自分が恥ずかしい。


「俺もJKに構ってるほど暇じゃないんだ。用がないなら帰ってくれ」


「わ、わかったから。見せるから」


 言ってJKは肩掛けのカバンに手を入れる。


「絶対に笑わないでね」


「笑うってなんだよ」


「はい、これ!!」


 言ってJKが取り出したのはビニル袋に入ったパステルカラーの布?


「なんだこれ、ハンカチか?」


「ち、ちがうしっ」


 ふとJKの顔を見ると耳まで赤くしている。


 なにを恥ずかしがってるんだこいつ。


 とりあえずよく見てみないことにはわからないの袋から出そうとすると。


「ちょちょ、触らないで!! 変態!!」


「はぁ? へんたい?」


 と、ここで気が付いた。


 パステルカラーの小さな布でよく見るとフリフリがついている。


 これってもしかして。


「おま、これって!! パンツじゃねーか!!」


「言わないで!」


「な、なに考えてんだ」


「だって看板に高価買取って書いてあったし。あたしお小遣い少ないし」


「だからって自分の下着を売るやつがあるか」


「ネットじゃ一枚一万円とかで売れるって書いてあったよ」


 俺は呆れて大きくため息をつく。


「ネットの情報を鵜呑みにするな。それともっと自分を大切にしろ」


「でも、お金ないし。学校じゃバイト禁止されてるし」


「だからって自分の下着を売るような恥ずかしい真似はするな。それにうちは骨董品屋だ。パンツ持ってくるなら数千年前のパンツでも持ってこい」


 昼間に客が来たと思えばJKがパンツを売ろうとしてくる。


 本当に世の中どうなってんだ。


「じゃあさ、こういうのはダメ? おじさんのところでこっそりバイトさせてよ」


「はぁ?」


「ここだったら先生も来なさそうだし、バレずにできそう」


「あいにくうちはバイトを雇う余裕はない」


「じゃあさ、歩合っていうのは?」


「お前パンツを骨董屋に売ろうとしてたのに変なことは知ってるんだな」


「実はね、ここに来る前にSNSでおじさんの店でアップされてる写真見たんだけど、どれも全然映えてなかったし。あんなんじゃ売れるものも売れないよ。あたしならもっとうまく撮れる。それであたしが撮った写真のが売れたら少しだけお小遣いちょうだい♡」


 なんか風向きが変わってきた。


「ってか、あの写真そんなにダメだったか?」


「だって反射しておじさんが写ってるのもあったし、なんか薄暗いのとか、若干センター外してるのとか、全体的にセンスない感じ」


 それに関しては少し自覚があっただけに刺さる。


 実物を見に来たお客さんからちょいちょいそれっぽいことは言われたこともある。


「それだけ言うなら、一枚撮ってみろよ。判断はそれからだ」


「おっけー!! 現役JKの写真の腕前見せてあげるっ」



 このJKの腕を見るために俺が用意したのは中国唐時代、唐三彩の香合。


 今風に言うならお香入れだ。


 物は良いし状態も良い、鴬色の塗りが美しい一品だが一年ほど前に写真をホームページに掲載してから他の商品は売れていくのにこいつだけは売れる気配が一切ない。


 これが売れたならこいつの手柄と言っても過言ではない。


「ねぇ、おじさん。白い画用紙とかある?」


「あるぞ」


 俺は筒状の画用紙を渡すとJKはハサミでちょきちょきと長方形に切り出して、それを直角に折る。


「これで背景はできあがり」


 そして即席の背景の前に香合を置いて、何やら天井の照明を気にする仕草を見せる。


「おじさん、スマホ持ってる?」


「当たり前だろ」


「じゃあさライトつけて。こんな感じで持ってってよ」


 俺はJKの後ろに立って上からスマホのライトを当てる。


「じゃあ撮るね」


 言ってJKはスマホのカメラを構えて何やら設定をいじりながら何枚も撮る。


 そのあいだ俺は言われるままに照明係として動く。


 そんな風に撮影をすること五分。


「うんうん、こんな感じかな?」


 と言ってこちらに画面を向けてくる。


「うわっ、マジでいい感じじゃん」


「でしょー? えへんっ」


 俺は思わずJKの手からスマホを奪って画面を見入る。


 俺がオークションの出品欄で見る写真よりもはるかに映えていたのだ。


 この一枚で品物の光沢や迫力が伝わってくる。


 他にとられた写真もかなり良い。


「たしかに出来栄えはいいな」


「バイト代でそう?」


「どうかな。いくら写真が良くてもすぐに結果が出るわけじゃないからな。誰かの目に留まる必要があるし」


「それじゃ、SNSで紹介しちゃう?」


「ちょいちょい待て。俺はまだお前にバイト代を払うって言ってないぞ」


「でもさ、なんか写真撮ってたらあたしも気分の乗ってきたかも。なんか渋くてカッコいいじゃん。ここにあるもの」


 勝手に展示されているものをベタベタ触るJK。


「さっきも言ったけどうちはバイト雇う余裕はない」


「ちぇ、ケチなおじさん」


「ところでお前の方は良いのかよ、金が必要だったんじゃないのかよ」


「あ、そうだった!!」


「悪いことは言わないからこっそりバイトがしたいならほかを当たれ」


「はーい」


 JKはカバンを肩にかけて店の出口に向かって引き戸に手をかける。


「そうだ、おじさん」


「なんだ?」


「パンツはダメでもブラなら買うとかある?」


「ねーよ」


「ないか、じゃーねおじさん。またね」


 言ってJKは店をあとにした。





 これは余談だが。


 そのあとJKが撮った写真をアップしたところ三日も経たないうちに現物を見てみたいとお客様の連絡があり、見事に売れた。


 俺は売上の一部を封筒に入れて次にまたJKがきたら歩合を渡してやるつもりだ。


 まぁ、もうこんなさびれた骨董品屋には来ないかもしれないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古美術商のうちの店にJKが売りにきたもの にゃんちゅうだ!! @shigalucky3910

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ