精神ズタボロ死にかけの俺を救ってくれたのは、14歳ののじゃロリJCでした
ぼたもち
第1話
もう限界だった。
カバンを放り投げて公園のベンチに寝そべって。
見上げた空は、灰色に覆われていた。
自殺願望の芽生え……というより、人生に疲れきったと言ったところか。
俺、中田貴大は高校一年生の頃から陰湿ないじめを受け続けてきた。
キッカケは……きっと、あまりにも人と喋らなかったことが原因だろう。
昔から、大人数と話すよりもひとりで黙々と読書をするのが好きだった俺は、高校デビューなどというものを完全にシカトし本が恋人状態で高校生活をスタート。
無事出遅れ、クラスで孤立。
クラスメイトの彼らがイジリと評す、世間で言うところのいじめは、二年間にわたって続いてきた。
頼れる人間なぞ一人もいない。 両親は中学二年生の時に事故死した。
空っぽで、空虚で、今日の空みたいに灰色な。
そんな人生を過ごしてきたが、なんだかいい加減に疲れ切ってしまった気がした。
終わっていい、こんな人生。
終わらせたい、こんな人生。
空から視線を落とし、姿勢を横向きに変えようとするも、木製ベンチだったためにささくれが頬に刺さった。
痛みで思わず起き上がる。 こんな時まで、とことんついていない。
「……くそっ」
感情に身を任せて、自分の足を殴る……と、その衝撃でポケットに入っていたスマホが落下し……
パキッ、と。
「……」
数日前張り替えたスマホカバーが凄まじいダメージを受けている。 不幸とは続くものなのか。 だとすれば、俺は二年前から不幸の迷宮から抜け出せていないのだろう。
いいこと……楽しいこと……幸せなこと……そういうのは、すっかり遠ざかってしまったのだから……。
これ以上ここにいても、なんだか余計に厄災が降り注いできそうな気がした。
カバンを手に取り、俺は帰路へ向かう。
何度も通った暗闇へ、また俺は歩いていく……
「のぉぉぉぉぉい!!!!!! 止まれ!! 止まるのだー!!!!!」
「ひょっ!?」
爆音声に思わず素っ頓狂な声を上げる……と、すぐ目の前を車が通り過ぎていって……止まった、
「おいバカもんが! どこ見て歩いとんじゃどアホ!」
「すっ、すいません」
謝りつつ……俺は爆音声が聞こえた方向へ目を向ける。
……と、
「お、お前さんは死にたいのか ばかもの」
幼女が、いた。
「前見て歩く……そんなの小学生で習うことじゃろ。 お主その姿見るに高校生であろうに」
「……」
制服姿が良く似合う、はつらつな印象の女の子だった。
黒髪は肩の辺りまで伸びているが、人形のようにパッチリとした瞳とそのハキハキとした話し方、そして何より……声量……。
「まるで、アニメのキャラクターか何かみたいな……」
「? なんか言うたかの?」
「あぁいや、なんでもない。 ……そんな事より、さっきはありがとう。 死ぬところだっ……」
言いかけて、言葉を止める。
死ぬところだった……
死ぬ……チャンスだった?
俺はさっきまで死にたがっていたのだ。 否、さっきまでも、轢かれかけた時も、怒鳴られている時も、今だって死にたがっているのだ。
もし、彼女がとめなかったら……俺は死ぬ事が出来ていた?
車の事故だ、相手側に酷い迷惑をかけることは承知だが、だが……
それでも……
「なんじゃお主、素直に礼も言えないのか」
「……お前の、せいで」
「え?」
「お前のせいで……死にそびれたじゃねぇか!!!」
「どえええええええ!?」
ギャグマンガみたいな面相で、幼女(仮名)は驚きの絶叫を上げた。
と言うよりこいつさっきからなんじゃとかのじゃとか……幼女(仮名)から、のじゃロリ(改名)にするべきか。
「な、なんじゃ、お主本当に死にたかったのか」
「そうだよ。 俺はもう疲れたんだ。 だからあそこで死ねたなら良かったのに!!」
「それでは運転手さんが迷惑被るじゃろう!!! 高校生ともなってなんという頭の弱さか!!」
「んなっ……頭が弱いだぁ? お前な!! 俺はこう見えても学力はそこそこ……」
最近、メンタルが不安定すぎてドベ近い事を思い出した。
「……い、いや学力関係なく地頭はな! そこそこ良さそう! なんだぞ!」
「私はこの世に産まれてまだ14年じゃが、自分の地頭がいいと本気で言っている人間にろくなのがいないということは知っとるぞ」
「あがっ……! んな事俺も知って……ってお前中学生!?」
「話の転換がすごいやつじゃな〜、生き生きしとるじゃないか。 あと私が中学生で何を驚くことがある」
「……いや、小ささ的に小学生の可能性……ったぁ!?」
思い切り回し蹴りされた。 こいつ、容赦というものを知らないのか。
「なんと失礼なことか!?!! た、確かに小さいかもしれないが!! これでも最近伸びてきたのじゃ! セ○ビックの効果はてきめんなのじゃ!」
セ○ビックってあれほんとに背が伸びるのかよ。 中学の頃のクラスメイトはセ○ビックを飲み始めてから横に伸び始めていたぞ。
「……」
「……」
俺も、そしてJC(ロリから訂正)も、互いにゼェゼェとしつつも視線と体制での牽制を欠かさない。
……何をやってるんだ、俺は。
俯瞰して捉えた時、俺はこいつと同じくらい馬鹿に見えているだろう。
一気に、頭の熱が冷めていく感じがした。
「……今日は引き分けということにしといてやるよ」
もはやなんの言い争いだったのか、何故勝ち負けをつけているのかはサッパリだが。
敗者しか吐かないようなセリフを置いて、俺はJCに背を向けた。
……それにしても。
やつと話している時、心做しか世界が明るく見えた気がした。
数年、見えなかった世界の色彩。
それがなんだか、見えた気がして……。
一歩、一歩と進む事にその光は段々と灰色に染まっていく。 ああ、やはりそうだったのか。
俺はやつとの言い争い、楽しんでいたのか…………
「痛っ!?!!?!」
急に来た衝撃に思わず声をあげる。 頭頂部に石が直撃してきたのだ。
「に、逃がすか……」
満塁のピンチで投げてくるピッチャーのような形相で、やつはこちらを睨みつけていた。
ちくしょう、あいにく延長戦と行くスタミナは残ってないぞ。
「お、お主……死にたいと申しておったな……」
「あぁ、もう一刻も早くこんな世界からサヨナラしたい」
奇妙な話し方をするJCだった。
「今も、変わらずそれは抱えておるか」
「当たり前だろ」
視界が、再び色に染っていく。
灰色だと思っていた空が、雲ひとつ無い晴天であると、俺はこの時知ったのだ。
「本当か。 本当に、これっぽっちも、もう少し生きたいと思わんか」
「お前はなんなんだよ。 俺のなんなんだ。 ズケズケとうるさいヤツだな」
相手をするのも無駄だと思った。 一刻も早く立ち去るべきだとも思った。
俺はきっと怖いのだ。 目の前の、この意思のある瞳に。
本当の自分が、俺の抱えるアイデンティティが、ねじ曲げられてしまうことが。
「一緒に!!! また話してはくれぬか!! もう一回!!」
「…………」
友達になろう。 やつはそう言った。
俺たちはついさっき出会ったばかりのはずだ。
それで、友達になろう? 大したコミュ力の持ち主だなと……
「私は友達が少ない」
「唐突に悲しいカミングアウト来たなおい」
「奇妙な話し方をするから、そういう理由で友は離れていってしまった」
「それを淡々と語れるお前の精神が心配だよ。 変えれば友達なんてきっといくらでも作れるだろ」
「変えてしまえば、友達以前に私が崩壊してしまう」
「……?」
「私は一度死んでいる。 故に、今こうして笑って生きておる」
本気で頭がいかれているのかと思った。 いやイカレているのか? 電波女、なのか。
「お主は死ぬ前の私に似ておる」
「テメェは高校生の俺と中学生のお前が同じだと言いたいのか」
「全て同じとは言わん。じゃが、瞳が同じだ」
「……本当に、変だぞお前」
「変でも、私は人生を楽しんでおる」
俺は黙りこくった。 それに返す言葉が、見つからなかったから。
「もう一度聞くぞ、 私ともう一度……否、何度でも、また話してくれんか。 お主と話しておると気が楽じゃ。 そして何より、見捨てられん」
「……JCに心配されるほど、俺は衰弱してるってか」
「歳など関係なかろうに。 心配したい相手に」
「……のじゃロリのくせに、生意気な」
「おい、それはどういう意味だ。 またお主私を小さいと揶揄ったか? 揶揄ったのだな? おい、聞いておるのか」
「聞いてるよ。 のじゃロリ」
奴からの問いに答えた時、口角が上がっているのがわかった。
馬鹿らしい。 こんなのに乗せられるなんて。
でもそれを、たまらなく楽しんでいる自分がいた。
色付いた景色で、こいつと……
「のじゃロリではない。 私には……」
伊達千尋という、立派な名前がついておる。
彼女はそう言って、不敵に笑った。
◇◇◇
「ところでお主、メールアプリは使っておるか」
「今どき使ってないやつの方が珍しいだろ。 そりゃ使ってる」
「交換しておかぬか? 今後遊びに誘う時に便利じゃ」
「……えぇ、そのレベルで俺らは仲良くなるつもりなのか?」
「? 違うのか?」
「いや、いいけど……」
半ばゴリ押される形で連絡先交換を決定、スマホを取りだし……フリーズ。
俺の顔も。
伊達の顔も。
そして、スマホ自信も。
「……ふぃ、フィルムだけじゃなかったかぁ〜!!!!」
「まずは直すところからじゃな……。 電話番号を教えておくから、直ったらかけてくれれば……」
後日、スマホの修理完了と同時に電話をかけ、無事に連絡先交換は済んだ。
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