第87話 エミール

「やあ、エミール。評判だな」


 後日、オレはあのカトルカール専門店を訪れていた。


 店にはたくさんの従者の格好をした客が並んでいる。賑わっているようだな。


 店は以前のボロいままではない。薄暗かった店内は、板ガラスを使用して光を取り入れ明るくなっており、剥がれかけていた壁も綺麗に塗りなおされ、ギシギシと音を立てていた床もピカピカだ。


「ジルベール様!」


 店の奥から店主であるエミールが笑顔を見せて姿を現した。エミールも無精ひげをちゃんと剃って、清潔感のある白いパティシエ服を着ている。相変わらず細身だが顔色もよくなり、見違えるほど若々しくなっていた。聞けばまだ二十六歳だったらしい。最近は彼女もできたとか喜んでいた。


「呼んでくだされば、私から学園に参上いたしましたのに」

「今日は学園外に出る用事があったからな。気にするな」

「そうはいいましても、恩人にご足労をおかけするとは……。ジルベール様のおかげで、このリットリアは生き返りました。新しいカトルカールのレシピを教えていただけるだけではなく、まさか、お店まで改造してしまうとは……。私には思いつかなかったことです」

「いやいや。これもエミールの腕がいいからだよ。お茶会も大成功だったしね。アリスもお気に入りのお菓子ができた。万々歳だ」


 エミールの作ったいくつもの種類のカラフルなカトリカールは、予想通り貴族女性のハートを鷲掴みにした。今では、学園ではちょっとしたカトルカールブームなのである。


 もちろん、カトルカールをお茶会に持ってきたアリスの評価も高い。今日もまたアリスはお茶会に呼ばれている。カトルカールを食べてみたい女生徒たちがこぞってアリスをお茶会に誘っているのだ。


 そして、話は学園だけでは済まなかった。なんと、学園の女生徒から貴族のご婦人に話が広まり、社交界でもカトルカールブームが起きつつあるのだ。


 当然だが、エミールの店、リットリオにもカトルカールを求めて従者たちが押し寄せることになった。


 だが、新しい種類のカトルカールを作れるのはエミールしかいない。品薄状態が続き、それがより新しいカトルカールの価値を高める結果となってしまった。もう作った端から売れていくような状況なのだ。エミールは笑いが止まらないだろう。


 そんな中でも、オレとアリスはいつでも好きなだけカトリカールを買うことができる。実は、予想以上に反響があったので、エミールの店を守る意味でもフォートレル男爵家で囲ったのだ。


 もう貴族の中では、すっかり新しいカトルカールはフォートレル男爵家の事業と見られているくらいだ。オレも急いで他の貴族に舐められないように店を改修したよね。


 貴族とただの平民なら貴族が無茶を言うこともあるが、エミールの後ろ盾にオレが立つ形だ。少しは無茶を言う貴族も減るだろう。


 そして、新しい種類のカトルカールの中でもお茶のカトルカールだけはオレとアリスしか買うことができないという特権も作った。お茶のカトルカールが食べたかったらオレとアリスと仲良くなるしかないのだ。


 そんなの効果あるのかと思った部分もあるのだが、流行のカトルカールの中でも特別なカトルカールというわけで人気になり、食べたことがあるというのがステータスになってしまったのだ。流行に煩い王都の貴族たちである。女生徒たちのアリスに対する態度も柔らかくなったらしい。すごい効果だね。


 オレも遊戯室に顔を出すと、お茶のカトルカールが食べてみたいと言われることが増えた。カトルカールは男の子にも人気なのである。


「そうだ。お茶のカトルカールを二つ、明後日までに用意できるか?」

「もちろん大丈夫です。学園までお届けすればよいでしょうか?」

「そうしてくれ。男子生徒にも人気でな。一度食べてみたいとよく言われるんだ」

「そうですか」


 エミールが嬉しそうにニコニコ笑っていた。


 これだけ人気になったというのに、エミールは驕ったところがないし、いい人物だな。囲って正解だったよ。カトルカールも好きに食べられるしね。


 そんなオレとエミールを、列に並んだ従者たちが驚いた顔をして見ていた。



 ◇



「ブラックウッド級か。無茶はするなよ」

「ああ」


 その後、オレはリットリオを出て宿屋で冒険者装備に着替え、ダンジョンへとやってきた。いつものように警備の兵に冒険者証を見せてダンジョンへと入っていく。


 そして、さっそく謎のモニュメントに触れて第二十一階層へとやってきた。


 途端に感じるのは明るい日差しと頬を撫でる風。それと青っぽい草の臭いだ。


「おぉー……!」


 オレの目の前には、まるでどこかののどかな草原をそのまま持ってきたような空間だった。ここがダンジョンの中だなんて忘れてしまいそうだね。


 これがダンジョンの第二十一階層。ゲームでの通称は草原エリアだ。こんな感じのマップが、第三十階層まで続いているのである。


「いくか……!」


 オレは足元の草を踏み潰して、一歩踏み出した。

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