第81話 ゲレレとエマ

 次々に繰り出されるゲレレの槍。突き、薙ぎ払い、足払いをかろうじて避けていく。


 左腕は熱を持って、鼓動に合わせて無視できないほどの痛みを訴えていた。血がダラダラと流れ出し、これ以上の失血も危ない。


 早くポーションを使って治療したいが、ゲレレの猛攻の前にそんな暇はない。


 かといって片腕ではゲレレの槍をかいくぐって倒すビジョンも浮かばない。


 状況は完全に詰んでいた。


「ちっ!」


 これ以上の戦闘は困難。オレは悔しさと共にそう判断を下し、収納空間を展開する。


「ショットガン!」


 収納空間から無数の鉄球が飛び出し、ゲレレを穿つ。タスラムの追加効果も発動し、一気にゲレレの体を蝕んだ。


「GA……」


 それは断末魔だったのか、それとも漏れた呼吸が喉を震わせただけなのか、ゲレレはボフンッと白い煙となって消える。


「はぁ……」


 オレは溜息を漏らすと、収納空間から特級ポーションを取り出して左腕を治療した。少し血を流し過ぎたのか、ちょっと頭がクラクラする。


「結局、勝てなかったかぁ……」


 オレは悔しさを吐き出すように呟いた。


 たしかにオレはゲレレを倒したよ。でも、それは収納の力を使っての勝利だ。オレの格闘術は、完全にゲレレの槍術に劣っていた。


 もし収納の力がなければ、死んでいたのはオレだっただろう。


 まぁ、【収納】もオレの力だし、オレの勝利に間違いはない。


 でも、オレはできれば格闘術だけでゲレレを倒したかった。


 だが、フタを開けてみれば、オレはいいところなんて一つもなく、ゲレレの槍術に翻弄されただけだった。


 これではよくないなぁ……。


 【収納】はたしかに強力なギフトだが、それに頼りきりになるのは違う気がした。


「修行あるのみだな」


 オレは格闘術を使うが、オレ自身に格闘術に対して成長ボーナスも適正もない。『バル・マスケ』の中で、最も成長が遅いのがオレだ。このままでは、『バル・マスケ』のお荷物になってしまう。


 そんなのは嫌だ。


「なんとかしないとなぁ」


 そう呟きながら、オレはハズレドロップアイテムである槍を拾って、ダンジョンを出るべく走り出したのだった。



 ◇



「はぁ!? 変異個体を四体も倒してきたんですかー!?」


 私、エマは驚きのあまり大声をあげていた。目の前にはドクロの仮面を着けた猫耳の少年がコクリと頷いている。


 私のギフト【観察眼】は、彼の言葉に嘘はないと判断している。


 だからこそ驚きだ。


 普通、変異個体を倒すには周到に準備して、作戦を練り、万全の状態で臨むものだ。断じて居酒屋をハシゴするように次々と倒すものじゃない。


「そ、それで、どの階層の変異個体を倒してきたんですか?」

「ああ。第八、第十一、第十六、第十九だ」


 恐る恐る尋ねると、なんでもないことのように平坦な声が返ってきた。


「えー……」


 私は言葉を失ってしまいました。


 だって、第十六階層の変異個体は強力な魔法を使うブルーオークシャーマンなんて、手練れの冒険者パーティでも一つミスをすれば即壊滅するほど強い変異個体なんですよ!?


 それに、他の階層の変異個体も、どれも一筋縄ではいかない強さを誇っています。


 それをソロで討伐……?


 よくよく注意して見ても、その言葉には嘘は見られません。


 どんなバケモノなんですか、この人は!?


「す、すごいですね……」


 私はかろうじてそれだけ口にすることができました。


「そうか? ありがとう」


 目の前の少年は、どう見てもそこそこの強さしか持っていません。たしかに強い部類に入るでしょうが、王都の冒険者ギルドの誇る一線級の冒険者に比べると見劣りします。


 ですが、そんな少年が、一線級の冒険者でも不可能なことを軽々とこなしてみせました。もう不気味以外の何物でもありません。どんなに制御しようとしても、顔が強張るのを感じました。


 この少年は底が見えない。絶対に怒らせたくない。


 ですが、私が今から言うことは、少年の不興を買うかもしれません。そのことに怯えながら、怒られないことを祈りながら震える口を開きました。


「その、ですね……。変異個体に懸けられていた懸賞金なんですが……。決してジャックさんの言葉を疑うわけではないんですよ? 疑うわけじゃないんですけど、ギルドで変異個体がいなくなったことを確認してから懸賞金をお渡しする規則でして……」

「そうか。わかった。何日ぐらいかかる?」

「申し訳ありませんが、その、どんなに早くても明日に……」

「わかった。まぁ、こちらもあまり急いではいない。来週までに準備してもらえればかまわない」


 幸運にもジャックさんは怒っているわけではなさそうでした。


 たしかにジャックさんはその強さのわりにクセがないのかもしれません。支部長が目をかけるわけです。


 その後、ジャックさんがあっさり帰られたので、私は急いで支部長に報告するために階段を駆け上がるのでした。

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