第67話 収納と社交

「で、あるからして、この場合は……」


 退屈な授業中。オレは隣の席でちょこんと座っているクーを見ながら時間を潰していた。


 クーはたちまちクラスのマスコットの座を勝ち取った。今までアリスには距離を置いていた生徒たちも、クー目当てにアリスに接触してきたほどだ。


 そんなクーだが、普通はクーの存在を面白く思わない生徒たちのいたずらで隠されたり壊されたりしても不思議ではなかったとオレは思う。


 創造主があまり他の生徒によく思われていないエロー男爵家の娘であるアリスだしな。


 だが、エグランティーヌがクーをお気に入りと宣言したことで状況が変わった。


 クーはエグランティーヌのお気に入りなので、下手に手を出せなくなったのだ。このあたりはアリスの現状と似ている。


 アリスも新人戦でベスト8の成績を収め、今回人工精霊を創造したことで、生徒たちのアリスを見る目が変わってきたとはいえ、まだ根強い反感を持っている生徒たちがいる。


 そんな生徒たちからアリスを守っているのが、エグランティーヌのお友だちという立場だ。


 ちなみに、これはコレットにも同じことが言える。


 まぁ、なんだか悔しい気もするが、エグランティーヌのおかげでアリスもコレットも学園生活を謳歌できているというわけだ。


「なあ」


 その時、隣に座るコレットに脇腹をちょんちょんつつかれた。


「なんだ?」

「あれ、なにやってんだ?」


 コレットが指差した方向には、どこまでも落ちていきそうな底なしの闇があった。オレの展開した収納空間だ。


「ああ、ああやって太陽の光を集めてるんだ」

「光を? そんなもん集めてどうするんだよ?」

「夜とか、暗い場所で使うんだ。まぁ、ランプの代わりだな」

「ほーん」


 まぁ、それだけじゃないけどな。


 例えば、集めた太陽の光を一気に開放したらどうだ? スタングレネードみたいに敵の網膜を焼いて、視界を潰せるんじゃないか?


 そんな期待もあって、最近はとにかくいろいろなものを収納している。


 オレの【収納】のギフトは、なんでも収納できるからな。なにかに役立つかもと思ったものは、とりあえず収納しておこう。どうせ学園生活ではMPは余るからな。



 ◇



「先輩もオレがムノー侯爵に疎まれているのは知っているだろう? ギフトを手にしたその日のうちに嫡子の座から降ろされ、婚約者を奪われ、挙句の果てにはムノー侯爵家の人間ですらなくなった」


 オレは手に持った駒を戦技盤に置いた。


「でも、ジルベール男爵。キミは新人戦で圧倒的な優勝を飾ったじゃないか。ムノー侯爵もさすがに見る目を変えるんじゃないのかい?」


 オレの戦技盤の対戦相手である伯爵の息子が言う。


 戦技盤とは、この世界の将棋やチェスみたいなものだ。女の子はお茶会でお互いの親睦を深め、男たちはこの戦技盤や他のテーブルゲームなんかを通して親睦を深めるのである。


 アリスやコレットがお茶会に出かけている間、オレはこの戦技盤を通して他の貴族と交流を持っていた。新人戦を優勝したオレは、わりと好意的に受け入れられていた。


 そこでオレはいかに自分がムノー侯爵家から疎まれ、邪魔者扱いされているのかを語っていく。


 すべては将来、ムノー侯爵家の断罪に連座で巻き込まれないためにだ。


 少しでもオレはムノー侯爵家の人間ではないとアピールしていく。


 あまり期待はしていないが、もしオレも連座で断罪されそうになった時、助命の嘆願書を出してくれそうな人が一人でも増えたらいいなという思惑もあった。


「オレの優勝を知ったムノー侯爵が手紙になんて書いてきたと思う?」

「手紙に? 普通はお祝いのメッセージだろう? 新人戦で優勝なんて、そう簡単にできることじゃない。家族関係が改善したんじゃないのか?」

「実際に読んでみるといいよ」


 オレは対戦相手に手紙を手渡す。ちゃんとムノー侯爵家の封蝋が付いた正式なものだ。


「これは……」


 手紙を読んだ相手は絶句していた。


 そこには祝いの言葉どころか、罵倒と共に歳費を止めるという警告までなされていたからな。予想外にもほどがあるだろう。


「冷え切っているどころの騒ぎじゃない。ムノー侯爵は強者主義だろう? なぜ新人戦の優勝を罵倒されなくてはいけないんだ……」


 相手がまるで我がことのようにうなだれていた。


 この人、いい人だな。


「ムノー侯爵が信奉しているのは強者じゃない。強いギフトだ。【収納】なんてわけのわからないギフトよりも【剣聖】の方が強そうでしょう? だから、ムノー侯爵はオレの弟を嫡子にして、オレを邪魔ものにした。これでもオレは家族を見返すために努力したんだ。弟に勝ったこともある。だけど、ムノー侯爵どころか、家族の誰もそんなことを望んではいなかった。挙句の果てには、フォートレル男爵の地位を与えられて家族の縁を切られ、飼い殺しだ」

「そんなことが許されていいのか……」

「だから、オレは学園で懸命に足掻くことにした。もうオレもムノー侯爵家の人間を家族とは思っていないよ」

「……私にできることは少ないが、いつでも当家を頼ってくれ」

「ありがとう」


 よし!

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