第65話 爆誕
錬金工房のドアをそっと開けると、すぐにカチェリーナと目が合った。彼女は口の前で人差し指を立てると、こちらに静かにするように求めてくる。
どうでもいいけど、美しさで称えられることが多いエルフはそんな仕草すらすごく様になっていた。
まぁ、オレにとっての一番はアリスだけどな!
目だけを動かして錬金工房を見渡すと、真剣な様子でオレやアリスがすっぽり入ってしまいそうなドデカい試験管の前で真剣な表情をしている横顔が見えた。
ドデカい試験管の中には、なにやら人型のようなものがあった。
あれが人工精霊か……。
ゲームでは素材を集めたら待ち時間もなくポンッとできたけど、現実では錬金術には長い時間がかかる。アリスはもう二週間も人工精霊の生成にかかりきりだ。
後ろ手にそっとドアを閉じて、オレは静かにカチェリーナに近づいていく。
「先生、どうだ? アリスの調子は?」
「すごい成長速度よ。もう人工精霊の生成に挑戦してるんですもの。この調子だと、すぐに私なんか抜かされてしまうわね」
先生が困ったことだと言わんばかりに肩をすくめてみせた。
「成功すると思うか?」
「五分五分かしら。五分五分でもすごいことなのだけどね。人工精霊の生成なんて、人間だったら人生の目標にしている錬金術師がたくさんいるほどよ。それにあの年で挑戦というのはもう驚愕しかないわ」
ゲームだったらただの通過点だったのだが、人工精霊の生成ってそんなにすごいことなのか。
ピシッ!
感心していたその時、なにかがヒビ割れるような鋭い音が響いた。
振り向けば、アリスの前にあるドデカい試験管にヒビが入っていた。試験管の中を満たしていた薄緑の液体がチョロチョロと漏れ出している。
ピシシッ!
試験管のヒビは加速度的にまるで蜘蛛の巣のように試験管に広がっていく。
「いけない!」
カチェリーナの緊急性を帯びた叫びと共に、オレの体は勝手に走り出した。
あの大きな試験管が決壊したらどうなる?
試験管の前にいるアリスは!?
しかし、アリスは緊張で体が固まってしまったのか、大きな試験管を真剣な表情で見上げたまま突っ立っていた。
「アリス!」
「ジル様?」
オレはアリスを大きな試験管から庇うように抱きしめた。
パリーンッ!!!
背後で大きな試験管が決壊する音が響き渡り、膝から下が生温かい液体に濡らされたが、予想していたように飛び散ったガラス片が体に突き刺さるようなことはなかった。
「アリス! 無事か?」
「はい? わたくしは無事ですよ。それよりも見てください!」
「え?」
アリスの顔を見ると、頬を上気させた顔で一点を見つめていた。そのキラキラした目線をたどると、壊れた試験の中央に小さな人形のような生命体がいた。
まるで人間をそのまま小さくしたような二十センチほどの人影。腰まである長く銀色に輝く髪。白い肌の女の子がそこにペタンと座っていた。その背中には、まるで蝶のような羽が生えていてパタパタとゆっくり動いている。
この姿、まさか風の人工精霊か?
でも、どことなくゲームでの見た目とは違うような……?
なんだかアリスに似てる?
「やりました! わたくし、人工精霊の生成に成功したんです!」
アリスがぴょんぴょんと跳ねて、ギュッとオレに抱き付いて、その嬉しさを爆発させていた。
カチェリーナには五分五分だと聞いていたけど、アリスは成功したんだ!
「おめでとう、アリス! すごい快挙だよ!」
「あん!」
オレは嬉しくなってアリスを抱きしめて彼女のおでこにキスをする。アリスは顔を赤くしたままオレを見上げてきた。そのつやつやの唇に目が奪われそうになる。
アリスを見ると、アリスも目をとろんとさせてオレを見ていた。
いいよな? オレたち婚約者同士だし!
「アリス……」
オレは目を閉じてアリスの唇を奪おうとして――――。
「ジル様! 見てください! 起きそうですよ!」
「え?」
目を開けると、アリスは人工精霊の方を見ていた。
「クー!」
「え?」
聞き覚えの無い甲高い鳴き声。
驚いて人工精霊の方を見ると、その小さな青い瞳と目が合った。人工精霊がこちらを、いや、よく見るとアリスの方を見ている。
「クー!」
「飛びました!?」
そして、人工精霊は羽を羽ばたかせると、ふわりと浮かんだ。そのままオレの肩に着地してアリスと見つめ合う。
たぶん、アリスが自分の創造主だとわかっているのだろう。
「かわいい……」
「クー!」
アリスがそっと人工精霊の頭を撫でると、人工精霊は気持ちよさそうに目を細めていた。近くで見ると、ますます人間そっくり、いやアリスによく似ている。
「すごいわ! まさか成功するなんて!」
「先生!」
「よくがんばったわね、アリス。あなたは最高の弟子だわ! いいえ、これからは私があなたを師として仰がないとね」
そう言ってカチェリーナが冗談めかしにウィンクしてみせる。
「さあ、アリス。まずはその子に名前を付けてあげて」
「名前……」
「クー?」
アリスは鳴き声を上げる人工精霊を見た。
「決めました。この子の名前はクーにします!」
「クー!」
クーって鳴くからってそんな安直な……。そんなことを思ったけど口に出さないよ。オレはこれでも空気の読める男だからね。
「これからよろしくおねがいしますね、クー」
「クー!」
アリスがクーに人差し指を近づけると、クーはふんふんと匂いを嗅いで頬擦りをしたのだった。なんだか猫みたいだな。
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