第53話 新人戦の後

「おはようございます、いい朝ですね」


 教室に入ると、二メートルくらいの筋肉モリモリマッチョマンのヒゲ面男が話しかけてきた。騎士団長の息子のコルネリウス・アッヘンヴァルだ。とても十二歳には見えないが、その目は優しげな光をみせていた。


「やあ、コルネリウス。いい朝だね」

「おはようございます、アッヘンヴァル様。おヒゲのリボンを変えられたんですね。似合っています」

「よお、あんた相変わらずデカいな。ドワーフってみんなそうなのか?」


 アリスはよく見ているな。コルネリウスがヒゲを縛るリボンを変えたのなんて気が付かなかったぞ。


 そして、コレットは怖いもの知らずだな。相手は伯爵家の嫡子なんだが……。それでなくても二メートル近いその体は近くで見ると怖いもんだ。


「コレット、アッヘンヴァル様ですよ。そんな気安い態度は失礼です」

「えー?」

「いやいや、いいよ。同じクラスメイトだからね。アリス嬢もワシのことはコルネリウスと呼んでくませんか?」


 コルネリウスは、その見た目とは裏腹にとても優しい人物だ。礼儀を知らない主人公に、礼儀作法を教えてくれるイベントもあったくらいだ。


「……よろしいのですか?」

「ぜひ」


 アリスが困ったようにオレを見たので、オレはアリスに頷くことで応えた。


「あの、よろしくおねがいします、コルネリウス様」

「はい、よろしくおねがいします」

「なんだよあんた、見た目のわりに話がわかるじゃねえか。俺はコレット、よろしくな!」

「はい、よろしくおねがいします」


 コルネリウスがペコっと軽くコレットに頭を下げたのに驚いた。貴族の常識からしたらありえないことだ。コルネリウスは本気でコレットとも対等な付き合いを望んでいるということだろう。


 コルネリウスと別れて席に着くと、オレの机の目に前に小柄な少女が仁王立ちしていた。長い黒髪を割って飛び出ている尖った耳。エルフのエヴプラクシアだ。


「ごきげんよう、皆さま」

「ごきげんよう、エヴプラクシア」

「ごきげんよう、マカロヴァ様」

「おう! エルフ女」


 コレットのエルフ女呼ばわりにエヴプラクシアの笑顔にヒビが入った。


「ちょ、ちょっとコレット!? さすがに失礼よ!」

「そうか? でもこいつの名前長くて覚えられなくてよ」


 まぁ、たしかにエヴプラクシアって長いし複雑だよな。


「はぁ。もう、シアでいいわ。」


 エヴプラクシアは頭が痛いと言いたげに手でおでこを触って言った。


「よろしいのですか?」

「かまいませんわ。これならあなたでも覚えられるでしょう?」

「おう! ありがとな、シア!」


 きっとエヴプラクシアは嫌味も含んで言ったのだろうが、コレットの無邪気な笑みに少しばつが悪そうにしていた。


「そうでした。実は今度、わたくし主催のお茶会があるの。二人にはその招待状を渡しておくわ」

「ほう?」


 貴族のエヴプラクシアが、アリスだけでなくコレットにまで招待状を送るとは。つい感心してしまった。


 エヴプラクシアがオレを見る。


「なに?」

「いや、コレットにまで送るんだなと感心したんだ」

「彼女の出自についてはあらかた知っているわ。でも、今は同じ学園の生徒。しかも、新人戦のベスト8まで残った強者ですもの。それ相応の態度で臨むと決めたのよ」

「なるほど」


 こうして主人公であるコレットとも仲良くなっていくわけだな。これがツンデレかわいいと人気だったエヴプラクシアの第一歩か。


「なんかよくわからねえけど、よろしくな、シア」

「わたくしもよろしくおねがいします、シア様」

「ええ。当日、楽しみにしているわ」


 そう言ってエヴプラクシアは去っていった。


 コルネリウスといい、エヴプラクシアといい、他の生徒もアリスやコレットと元々あった触れづらそうな空気を飛び越えて会話している。やっぱり新人戦で活躍したのがよかったのかな。


 アリスとコレットにお友だちができそうな空気にニッコリである。


 ちなみにオレも前より接してくれる人が増えた。とくにコルネリウスはクラスで孤立気味のオレを気遣ってか、仲良くしてくれる。本当にいい奴だ。


「なあアリス、お茶会って何やるんだ? 茶を飲むだけか?」

「わたくしもあまり詳しくないのですけど、お茶というよりもお話がメインですね」

「ほーん」

「アリス、たしか菓子の準備が必要なんじゃないか?」


 たしか、前のお茶会の失敗談でそんなことを言っていた気がする。


「そうでした。お菓子の準備をしないと」

「なんで菓子なんているんだ?」

「お茶会の参加者は、お菓子を持っていくのが礼儀みたいなんです。それと……」


 よくわかってなさそうなコレットにアリスがいろいろとお茶会の注意点を説明していく。


 貴族のお茶会って面倒くさそうだよね。


「ジルベール・フォートレル男爵はいるか?」


 その時、教室のドアが開いてオレの名を呼ぶ男が現れた。制服の上からでもわかる盛り上がった筋肉の持ち主だ。


 あいつは……。

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