第38話 錬金工房のカチェリーナ

「では、今日は授業もないのでこれで終わりだ。最後に、諸君、入学おめでとう。以上だ。解散」


 非常にシンプルな先生のお話も終わり、教室の中がわっと賑やかになった。


「エグランティーヌ様、ドビュッシー伯爵家のアドリーヌでございます。そのネイル素敵ですね。わたくし、お茶会を主催しようと考えているのですけど、ぜひエグランティーヌ様に参加していただきたくって」

「まあ! 素敵ですね! せっかく皆さまと同級生になれたのですもの。これもなにかの縁、わたくしも参加したいです」

「おひさしぶりです、エグランティーヌ様。アドリーヌ様。わたくしも参加してもよろしいかりら?」

「アドリーヌ様! わたくしも参加したいです!」


 教室の賑わいの中心にいるのは、エグランティーヌだ。まぁ、この国のお姫様だしね。誰もがお近づきになりたいだろう。きっと親からも仲良くしなさいと言われているに違いない。


「お茶会をするみたいだね。アリスも参加する?」


 横の席のアリスに問うと、彼女は首をブンブン横に振った。


「わたくしなんかが参加したら、皆さんの機嫌を損ねてしまいます」


 アリスの実家は悪評が付きまとっているからなぁ……。


 でも、どこかで自分から踏み込まなければ状況は変わらない。


 だが、いきなり大きな舞台じゃなくてもいいよね。最初の一歩はいつだって緊張するものだ。もう少し小さいところから始めてるのもいいかもしれない。


「じゃあ、止めとこっか。これからどうする?」

「学園の錬金術工房が見たいです」

「いいね。見に行こう」


 そして、オレとアリスは教室を後にする。こちらを見ていたエグランティーヌの視線には気付かずに。



 ◇



「わあー!」


 学園の錬金術工房を見たアリスの歓声があがった。


 さすが、学園の施設だな。ムノー侯爵家に作ったアリスのアトリエよりもかなり設備が充実している。


「あら? あなたたちは新入生かしら?」

「ん?」


 声の方を振り向けば、そこには細身の姿があった。エルフの少女だ。だが、服装がいかにも研究者という白衣姿で制服ではない。見覚えがあるな。たしか錬金術の先生だ。名前は……。


「私はカチェリーナ。この学園の錬金術の教師よ。あなたたちは錬金術に興味があるの?」

「オレはジルベール。ただの付き添いだ。この子が錬金術師なんだ」

「わととっ。えっと……」


 オレはオレの後ろに隠れていたアリスの肩を掴んでカチェリーナの前に出した。


「そうなの? あなた、お名前は?」

「えっと、アリス……です」

「そう。よろしくね、アリス」

「は、はい……」


 アリス、人見知りを発動しているな。ここはオレが助け舟を出そう。


「アリスは今まで師を持たずに独学で錬金術を勉強していたんだ。カチェリーナ先生、あなたがアリスを導いてくれると、オレは安心できるんだが?」

「なるほどね。アリス、あなたはなにが作れるの? 今挑戦しているものは何?」

「えっと、今挑戦しているのは、高級ポーションです……。いつか、人工精霊を造ってみたくて……」

「へー、優秀なのね。優秀な錬金術師はいつでも大歓迎よ。錬金術師は人気がないのか、ここを訪れる人間も稀だわ」


 カチェリーナが困ったように肩をすくめてみせる。美形なエルフだからか、そんな姿がとにかく様になっていた。


「今年も錬金術師志望者は0かと拗ねていたところだったの。アリスが来てくれて本当によかった。また学園長に嫌味を言われなくて済むわ」


 ゲームしてる時も思ったけど、なんだかあっけらかんとした先生だな。まぁ、接しやすくていいか。


「私ったら、話すのに夢中になってしまったわね。今、お茶とお菓子を用意させるわ。よかったらジルベールも食べていって」

「ご相伴に与ろう」


 アリスと一緒にカチェリーナのお茶をご馳走になる。お茶はハーブティーだった。お菓子も素朴なクッキーのようなもので気軽に食べれるな。


「ジルベールはアリスの付き添いなのよね? あなたたちってもしかして婚約者同士なの?」

「そうだ」

「はい」

「やっぱり! 人間は寿命が短いからなにかとせかせかしてて大変ね。私は百五十年くらい生きてるけど、まだそんな話ないから少し羨ましいわ。アリスも素敵な彼氏でよかったわね?」

「はい!」


 そんなに勢いよく頷かれるとなんだか照れてしまうな……。


「それで、どこまではなしたかしら? そうそう。たしかアリスは高級ポーションに挑戦しているのよね? なにか問題はある? こんな見た目でも、私は先生だからね。なにか困ったことがあったらいつでも聞いてくれていいから。それに、この工房も自由に使っていいわよ。ここにある素材も一部を除いて自由に使ってくれていいわ」

「ありがとうございます……」

「ふふっ。緊張しないで。あとで素材と工房の設備について説明してあげるから」


 どうやらカチェリーナはアリスの実家の悪評を知らないのか、知らないフリをしてくれているのか、アリスととてもいい感じに接してくれている。


 ちょっと心配だったが、カチェリーナにならアリスを預けても大丈夫だろう。

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