第29話 通じる想い

「アリス、おはよう。いい天気だね」


 日課のランニングに出かける時、廊下でアリスに会った。ここのところ、毎朝アリスに会っているな。もしかしてだけど、オレに会うためにわざわざ早起きしてくれているのかな?


 そんなうぬぼれまで浮かんでくるほどだ。


 アリスはオレの挨拶にニコッと笑って応えると、歩いて近づいてきた。


「ジルベール様、おはようございます……」


 アリスがオレに抱き付くと、耳元で囁く。瞬間、耳がゾワゾワとして一気に熱くなり、背筋がビリビリと心地いい刺激が走った。


 もう完全にオレの耳が弱点なことがアリスにバレてしまっている。


 視線を下に向けると、アリスがニコニコと満面の笑みを浮かべてオレを見上げていた。


 オレの耳が弱点なのがバレたのはこの際どうでもいい。


 だけど、学園でこんなマネをしていたら、まるでオレとアリスが相思相愛のラブラブカップルみたいじゃないか。


 これではアリスの恋人ができなくなってしまう。


 オレは罪人だ。アリスにひどいことをしてしまった。彼女の尊厳を踏みにじってしまった。こんなオレなんかと結婚するよりも、アリスに相応しい人がいるはずだ。


「アリス、その、面白いのかもしれないけど、学園ではやってはいけないよ? これではオレとアリスが親密な関係に見えてしまう。オレはアリスの恋愛を邪魔したくないんだ……」

「えっ!?」


 アリスがひどく驚いたような顔をしていた。


 そうだな。この世界の貴族は婚約して結婚する。平民でも、結婚相手を決めるのは父親の役目といわれているくらいだ。自由恋愛結婚が普通の地球とは考え方がそもそも違うだろう。


 でも、オレはアリスには本当に幸せになってほしい。


「アリス、アリスは学園ではいろいろな人に出会うだろう。もちろんオレなんかよりも素敵な人もたくさんいるはずだ。オレはアリスの重荷にはなりたくない。アリスが望むのなら、喜んで婚約を解消するつもりだ」

「……ジルベール様は、わたくしのことお嫌いになったんですか……?」

「そんなことはない! オレはアリスのことを愛している!」


 え……? 言っちゃった? オレ、アリスに自分の気持ちを告白しちゃった!?


 言わないつもりだったのに、このまま隠し通すつもりだったのに!


 だってアリスかわいいもん! いつもオレを見つけたらトコトコやって来るし、オレの言うこといつも真剣に聞いてくれるし、好意をストレートに伝えてくるし!


 オレの弱点を見つけてからは、ちょっぴりいたずらっ子の面も見せるようになって、オレはもう骨抜きだ。


 こんなかわいい子好きにならないはずがない!


「わ、わたくしも、ジルベール様のことを愛しています……!」


 アリスが顔を真っ赤にして自分の好意を伝えてくれる。


 でもそれは、このムノー侯爵家という他に親密になる相手がいない状況での話だ。


 お互いにお互いのことを好きになるしか選択肢が無かった。


 それにオレは……。


「オレはアリスにひどいことをしてしまった。許されないことをしてしまった。アリスの尊厳を踏みにじってしまった……。そんなオレはアリスにふさわしくない……」


 アリスはなにを思ったのか、オレの手を取って自分の左胸に当てた。アリスの未熟な膨らみを手のひらに感じる。


 慌てて手を引こうとしたけど、アリスはそれを許してくれなかった。


「あ、アリス!?」

「触ってください。わたくしの胸、こんなにドキドキしてる……」


 たしかに手の平にはアリスの鼓動を感じた。ドキドキととんでもない速度で早鐘を打っている。いや、さらに加速している。


「ジルベール様がえっちなのはもう知ってます。でも、わたくしは嫌じゃない……。それどころか……」


 アリスが顔を真っ赤にして、潤んだ瞳でオレを見上げていた。


 アリスがその空のように青く澄んだ瞳を閉じた。その拍子にハラリとアリスの目じりから涙が零れる。


 目を閉じたアリスがなにを望んでいるのか、明らかだった。


 オレは……。


 オレは…………!


 オレは覚悟を決めると初めてアリスの唇を奪った。


「えへへ……」


 ゆっくり唇が離れると、アリスが零れた涙を拭うことなく笑ってみせる。その美し過ぎる笑顔。その笑顔をオレは一生忘れることはないだろう。


「ジルベール様……」

「アリス、よかったらでいいんだけど、ジルって呼んでくれないか? 様付けもいらない。ただのジルって呼んでくれ」

「よろしいのですか?」

「オレは、アリスとは対等な恋人同士がいいんだ」

「はい! ジル、お慕いしています」

「オレも、アリスを愛している。でも、アリスが他に好きな人ができたら……」

「そんな時はきませんわ。だって、こんなにドキドキしているんですもの」

「ああ……」


 未だにアリスの胸に置かれたオレの手のひらには、アリスの鼓動が伝わっていた。



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