第13話 アリス・エローという少女
「指弾!」
オレはスキルを発動して片手で持っていた鉄球を親指で弾く。その向かう先は収納空間だ。
指弾のスキルは、メタルスライムを倒した時に覚えたスキルの一つだ。体術で覚えられる唯一の遠距離攻撃である。その汎用性は高い。
オレは、今後はクロスボウのボルトではなく、指弾で撃ち出した鉄球に変えていくつもりだ。というのも、クロスボウで撃ったボルトよりも、指弾で撃ち出した鉄球の方がダメージが大きいからだ。いくらMPを消費してスキルを使っているとはいえ、信じられない事実だよね。
「指弾!」
それに、スキルは使えば使うほど成長し、新しいスキルを覚える。オレは、MPが余っている時はとにかくスキルを使って成長させてきた。早く新しい技を覚えたいからね。
「指弾! うおッ!?」
体の芯から凍えるような寒気を感じて、オレは指弾を使うのをやめた。この寒気はMPが少なくなっている合図みたいなものだ。無理をするとMPが枯渇して昏倒してしまうからな。
今の時刻は二時くらいだろうか。窓から見えるお日様が少し傾いている。そろそろのはずだが……。
その時、タイミングよくノックの音が飛び込んできた。
「どうぞ」
「坊ちゃま、エロー男爵家のアリス様がお見えです」
「わかった」
今日はアリスがご機嫌窺いに来るからダンジョンはお休みだ。本当はダンジョンに行きたいところだが、将来の結婚相手であるアリスとの仲を深めることも大事だね。
まぁ、今までアリスには嫌われるようなことばかりしていたから、まずは婚約者というよりもお友だちになるところから始めよう。というか、まずは好かれるよりもこれ以上嫌われないようにするのが大事だ。
アリスも徐々に心を許してくれるようになったと思うんだけど、まだ心を閉ざしてるというか、どこか線を引かれているというか、闇があるんだよなぁ……。
そろそろ踏み込むべきか?
まだ早いか?
そんなことを思いながら、オレは応接間にたどり着いた。
「失礼します」
応接間の扉を開けると、立ったままこちらに深々と頭を下げるアリスがいた。
「ジルベール、ごきげんよう」
「ごきげんよう、アリス」
アリスは今日も薄い青色のワンピースを着ていた。いつもこの服だな。あまり詮索するのもよくないが、家計状況があまりよろしくないのかな? エロー男爵家は子だくさんで有名だし、その分お金がかかるのだろう。
「さあ座って楽にしてくれ。今お茶を用意させよう」
お菓子には笑顔を見せていたアリスだが、今日はなんだか嬉しくなさそうだった。というかとても辛そうにしていて、ソファーにも座らない。
「座らないの?」
「きょ、今日は立ったままで……。その、ごめんなさい……」
アリスが汗を滲ませた顔で懸命に笑顔を作る。なんて痛々しい笑顔なんだ……。
なぜかはわからないが、アリスには座りたくない、座れない理由があるみたいだ。
アリスの体をつま先から頭の天辺まで見るけど、どこも怪我している様子はない。なのに、アリスはまるで痛いのを我慢しているように辛そうだ。
「どこか痛いのか?」
「ッ!? ち、違いますっ!」
アリスの態度にオレはすぐにピンときた。アリスは嘘を吐いている。
おそらく、アリスは怪我をしていて、その痛みを我慢している。そして、アリスに怪我を負わした人物を必死に庇っている。
虐待されている子にたまにある反応だ。
幼い子どもにとって、親は神様だ。そんな言葉がある。
親から虐待された子の中には、自分が悪いから親から暴力を振るわれる。親は悪くない。そう言って親を必死に庇う子どもがいるのだ。
アリスの反応は、オレにそのことを思い起こさせた。
「アリス、お茶の前にこれを飲んでくれ」
「え……?」
オレは特級ポーションを一つ収納空間から取り出してアリスに手渡す。
「綺麗……」
ガラスのフラスコに入った特級ポーションは、緑色に輝いていた。
「えっと、これって……?」
「あー食前酒のようなものかな。ちょっと青臭いけど飲んでみてくれ」
「はい……」
アリスは特級ポーションのコルクを開けると、顔をしかめながら一口、二口と飲んでいく。
すると、アリスのお腹や背中、お尻が淡く緑色に輝いた。
やはりアリスは怪我をしていたのか……。しかも、腹や尻など服で隠れて見えない部分だ。犯人の計画性と残忍さを感じる。
「え……? 痛くない……?」
アリスのその呟きがすべてだった。
アリスは今まで痛いのを我慢していたのだ。しかもアリスを傷付けた人物は、アリスの身近にいる。
アリスがその人物を庇ったことから、たぶん親の犯行だろう。
オレはエロー男爵への怒りがメラメラと燃えてくる。
それと同時に、過去の自分を殴りたくなった。
オレは、ただでさえ辛い目に遭っているアリスになんてことをしてしまったんだ……。
こうなってはアリスをエロー男爵家に帰すわけにはいかない。どうにかしてムノー侯爵家で預からなければ……。
オレはアリスの婚約者だ。この線からアリスを預かる正当な理由を作れるんじゃないか?
オレはたとえアリスに恨まれることになってもアリスを助けたかった。
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