第2話 【収納】とアンベール

「はぁ……、はぁ……、はぁ……、はぁ……」

「見て、またあのデブ走ってる……」

「見ていて暑苦しいのよねぇ……」


 メイドたちのひそひそ話を見ながら、オレは屋敷の周りを走る。たぶん悪口でも言っているのだろう。


 前は一周も走れなかったが、今では二周も走れるようになった。気のせいか、ちょっとだけ痩せたような気がする。まぁ、気がするだけだが……。


「収納!」


 そして、日課のランニングが終わったら、部屋で【収納】の性能テストだ。


 テストをしてわかったのは、収納空間の中では運動エネルギーや熱エネルギーなども保存されているということ。


 例えば、燃えた木の枝を収納すると、時間が経って次に出した時にも木の枝は燃え続けていた。


 たぶんだけど、収納空間の中では時間が止まっているのだと思う。


 そしてもう一つ。収納空間にものを中途半端に入れた状態で【収納】の発動を止めると、ものの切断ができる。


 例えば、木の枝を半分だけ収納空間に入れた状態で【収納】の発動を止めると、木の枝は半分でスパッと切れる。その表面は非常に滑らかだ。


 ここまでは最初に【収納】を発動した時にもわかっていた。


 新たにわかった点。それは収納空間の広さと魔力の関係だ。


 【収納】のギフトは、収納空間を展開するだけではほとんど魔力を消費しない。収納空間にものを収納した時に魔力を消費するのだ。そして、収納空間からものを取り出した時には魔力をほとんど消費しない。


 そして、次に収納空間の広さだが、今のところのオレは、一度に二十センチ立方くらいが限界みたいだ。その時、入れるものの重さは関係ない。


 この限界というのは、オレの魔力の限界だ。オレが前回【収納】を発動し、大きな岩を収納しようとした時に感じた体の寒気。あれは魔力の消費によって引き起こされるものだった。


 体の寒さを我慢して使い続けると、気絶することもわかった。どうやら魔力が枯渇すると人は気絶するらしい。


 そして、これが一番の発見だが、オレは魔力が回復したら、新たに【収納】が使えるらしい。


 先ほど、オレの限界が二十センチ立方と話したが、これは一度に収納しようとした時の限界で、魔力が回復すれば、オレはまた二十センチ立方の収納が使えるのだ。


 まぁ、一度に収納できるものに関しては限界があるが、オレが収納できる総量に関しては限界は無いみたいだ。


 オレは以上のことを勘案して、ある一つの戦法を編み出した。


 それが――――。


 バシュンッ!!!


 オレの部屋の中にクロスボウの発射音が響き渡る。


 なにをしてるかって?


 収納空間にクロスボウのボルトを発射して、ボルトを収納してるんだ。


 こうすることによって、収納空間から出したら、勢いよく飛び出すボルトの完成ってわけだ。


 オレはなにも持っていないのに、クロスボウをいつでも構えてるのと同じ攻撃力を手に入れた。さすがに銃器には及ばないが、これでもかなり強力だよね。


「はぁ……。さすがに疲れた……」


 オレはクロスボウを置いて、手を振って立ち上がる。


 クロスボウは大型の弦の巻き上げ機の付いたものを使っているのだが、これを巻き上げるのがけっこう大変なんだ。


「ちょっとトイレでも行ってくるか」


 オレはハンカチを持っていることを確認すると、自分の部屋を出たのだった。



 ◇



 ふぅースッキリだ。


 腕の疲れも取れてきたし、クロスボウを撃つ作業に戻ろうかな。


 そう思いながら廊下を歩いていると、廊下の向こうからぞろぞろと人だかりが近づいてきた。その中心にいるのは、オレよりも少し背の低い黒髪黒目の細身の少年だった。


「アンベール……」

「誰かと思えば兄上でしたか」


 アンベールが呆れたような目でオレを見ていた。その目には明確に蔑みの色があった。


 まぁ、仕方ないね。ジルベール君はバカばっかりしてたし。


 それにしても、弟であるアンベールには七人も従者がいるのにオレには一人もいない。ここまで露骨に扱いに差があるのは、ジルベール君も心荒むよなぁ。


「おや? 今日は噛み付いてこないのですか?」


 ジルベールは、アンベールを見かけるとすぐにケンカを吹っかけていた。そして負けるまでがセットだ。


 アンベールのギフトは【剣聖】。普通に考えれば勝てるわけがないのだが、ジルベールにはそれは断じて認められないことだったのだ。


「兄上でも学習することがあるのですね。ようやく私の方が上だと認められましたか。あれだけ時間がかかったのはさすがは兄上といったところでしょうか。獣でももう少し早いですよ?」


 うわぁ……。


 アンベールは明確にオレを見下していた。というか、調子に乗ってる。


 以前のジルベール君ならすぐに殴りかかっていたところだろうが、今のオレには二十二歳まで生きた日本人の記憶がある。


 なんというか、感じの悪いガキだなという感想しか出てこない。


「はぁ……」


 オレはアンベールとしゃべる気も失せてその場を去ることにした。


「吠えることもできないとは! まさに負け犬! もう牙すらないんですか? それでは負け犬にすら劣りますよ?」


 ひょっとして殴りかかってきてほしいんだろうか?


 そう思うくらいに煽られるが、オレは無視して自分の部屋に帰っていった。




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