意識の一時停止および外部操作可能仮想人格の構築に関する電子映像

戯男

「できた……ついにできたぞ長沼君!」

「山田です」

「これを見たまえ!」

「何ですかこの変な画面。またスマホ落としたんですか?」

「おっと。あまり長い間見てはいけないよ。ふふ、これはだな。一定時間以上曝露させた人間の意識を一時的に眠らせ、代わりに外部から思い通りに動かすことができる仮の人格を植え込むことができる映像……名付けて『意識の一時停止および外部操作可能仮想人格の構築に関する電子映像』だ!」

「どうでもいいですけど博士のネーミングって毎回ひどいですよね」

「そうか?」

「なんか法律の名前みたい」

「法学部だったからかな。まあ早い話がこれを使うと、エロ漫画でよくある催眠アプリみたいなことができるのだ!」

「普段どんなの読んでるんです。知りませんよそんなの」

「え?よく見ない?」

「見ません」

「要はだね、相手の肉体の自由を奪って、その間にムチャムチャエロいことをしてしまおうと、まあそういうツールだよ」

「法学部出身でその遵法意識の低さなんですか?」

「さっそく試してみたいんだが、ここには私と北野くんしかおらん」

「山田です」

「だからすまんが、ちょっと実験台になってくれんか」

「嫌ですよ」

「どうしてだ橋本君」

「山田です。だってムチャムチャエロいことされるんでしょう」

「まあ多少」

「……普通ちょっとくらい誤魔化しません?」

「いや実験だから。どれくらいの外部刺激までなら眠ったままかとかも調べなきゃいけないし。大丈夫だ長沼君。理論上は爪を剥がされても覚醒しないはずだから」

「山本です。そんなこと言われて協力する訳がないでしょう」

「山田では?」

「ちゃんと聞こえてるんじゃないですか」

「いいじゃないか。曲がりなりにも君も学者の端くれなんだから、科学の発展には進んで貢献すべきだろう」

「科学の発展のためならいいですけど、エロいことされるのは嫌です」

「エロだって科学のうちさ」

「もう科学者やめたらどうですか?」

「いや、何も別に私は自分の欲望を正当化しているのではないよ。まあ確かに欲望は存在する。だが考えてもみたまえ。私はそのエロ的欲望に衝き動かされた結果、こうしてこれを開発することができたわけだ。『必要は発明の母』と言うけれど、そこからさらに一歩進むための動機が欲望なのだ。どうしても必要という訳ではないが、それがあると便利だとか嬉しいとか楽しいとか、そういう欲望こそが、文明をさらなる高次元へと押し上げる。『あんなこといいな、できたらいいな』ってドラえもんも言ってるだろ」

「すごいいっぱい喋りますね」

「えい」

「うわっ!ちょっとやめて下さい!その画面をこっちに向けないで!」

「ちっ。勘のいい助手だ」

「欲望が動機になるってのはわかりましたけど、だからって私がエロいことされなきゃいけないことにはならないでしょう。嫌ですよそんなの。人に迷惑をかけないで下さい」

「全く。君は本当に何もわかっていないね。むしろ人に迷惑をかけているのは君の方なんだよ」

「……どういうことですか?」

「君のせいで私が一体どれだけムラムラさせられていると思う?今日だってそうだ。そんなに体のラインが出る服を着て、髪から良い匂いをさせて、そんな色っぽい眼鏡をかけて。君には学究の徒であるということの自覚はないのか?君のせいで私の貴重な集中力がどれだけ削がれているか考えたことはないのか?」

「セクハラって言葉知ってます?」

「ハラスメントというなら君の方がよっぽどそうさ。そんなにも性的魅力を振りまいておきながら指一本触らせてくれないというのは、むしろ私に対する激烈な嫌がらせだろう」

「斬新な解釈ですね。てか私の白衣が小さいのは博士が泣いて頼んだからでしょ」

「そっちの方がエロくていいじゃないか」

「その発想がセクハラだっつってんですよ」

「大丈夫だ。催眠中にどれだけエロいことをされようと、それを知覚するのは君とは無関係な仮の人格であって、一定時間が過ぎればその人格は自動的に消去される。一体どこに問題がある?ただ君の知らないところで、君の肉体がいいように弄ばれるというだけじゃないか」

「一体どこに問題がないと思うんですか?」

「わかった。じゃあ代わりに、君にも同じことをさせてあげよう。私の意識が一時停止している間に、君も私を好き放題するといい」

「たぶん首とか切り落とすと思いますよ」

「ぐっ……最悪それもいいだろう。だが順番は私からだぞ」

「そこまでしてエロいことしたいんですか」

「したいね。この研究のために一体私が何日寝てないと思う?」

「あの徹夜がこんなもののためだったのかと思うと涙が出ますよ」

「こんなものとは失礼な。使い方次第でこれは極めて安全な麻酔薬や鎮静剤の代わりになるんだぞ」

「なるほど」

「だからここはひとつ君で実証実験をだね……」

「その使い方が駄目だって言ってんですよ。どうしたんですか本当に?普段もっとちゃんとしてるじゃないですか」

「うむ。やっぱり寝不足なのかもしれない」

「今日のところは大人しく寝たらどうです?そしたら頭も冷静になって、そんなわけわかんない寝言も言わなくなるんじゃないですか」

「そうしたいのは山々なんだがね……その、何だ。あまりに疲れすぎてるせいか、いわゆるその、疲れマ」

「あーもうやめて。最悪。生々しいことを報告しないで下さい」

「とか言いながら私の股間を注視してるじゃないか」

「そんなこと聞かされたら見ますよ普通。そこに犬のウンコが落ちてるよって言われたら一応見るでしょ」

「さすがにそれはひどいんじゃないか?」

「すみません。少々言いすぎました」

「では謝罪ついでにこの画面を」

「それは嫌です」

「じゃあ君は一体どうしろと言うんだね?集中力と睡眠時間を注ぎ込んで画期的な発明に成功したものの、諸々の肉体の都合からろくに休むことができなくなった私に、睡眠薬でも飲んで味気ないケミカルな眠りに落ちろとでも言うのか?私の仕事に対して労いの気持ちはないのか?偉業を成し遂げた私の欲望は、にもかかわらず永遠に満たされないままなのか?どうなんだ聖蹟桜ヶ丘君」

「山田です。……まったく。わかりましたよ」

「え!?マジ!?そ、そうか!では早速……」

「でもせめて自分のタイミングで行きたいんで、ちょっとそのデバイスをこっちに寄越してもらえますか」

「ああいいとも……ほら、ここをタップするだけでいい。少なくとも三秒は注視する必要があるからね。大丈夫。すぐに眠ったようになって、それっきり何も覚えていないから」

「ちなみにですけど、意識が復活するまでの時間ってどれくらいです?」

「調整可能だが、とりあえず二時間に設定してある。ふふふ……大丈夫さ。二時間以内にはきっちり済ませるから。私はメシも研究も早いことが取り柄なんだ。二時間あれば……」

「じゃあ、はい」

「あっちょ、違う!私に向けるんじゃなくて分倍河原君が……」

「山田です」

「………………」

「……博士?」

「はい」

「今返事をしているのは、仮想人格の博士ですか?」

「はい」

「そうですか。では命令します。……服を脱ぎなさい」

「はい。了解しました」

「それから……」

「はい。それから」

「……シャワーを浴びて、仮眠室でゆっくり眠りなさい。……仰向きで」

「はい。了解しました」

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意識の一時停止および外部操作可能仮想人格の構築に関する電子映像 戯男 @tawareo

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