第6話 エラー

「こんなところで何してる?」

 ライラは平然としていたが、カイルはそうではない。

「え、ああいや」

 何故かといえば、魔術師との会話という非常に後ろめたいことをしていたからだ。

 角度的にライラのことは女騎士の目に入っているはず。しかし言及されない。

 本当にわからないんだよな、と思いつつカイルは続けた。

「少し、気を休めてました。その、色々あったので」

 聞くと、女騎士は目を細めた。

「お前の剣はそれほどまでに軟弱なのか?」

 カイルは一度斜め下に視線を泳がした。が、すぐにまた上司と視線を合わせる。

「いえ。違います」

 その言葉はカイルにとって本心だったが、上司には少し違う風に聞こえたようだった。

「なら少しは役に立て。先ほどのお前は、何か騎士団のためになることをしたか」

 カイルはまた目線を下げ、今度はそのまま答える。

「……いえ。してません」

 女騎士はあからさまなため息をついた。

「いい加減大人になれ。くだらん正義感と悪運が強いだけの騎士はいらない。なぜ魔獣が消えたのかは知らないが、本来ならお前は先ほど死んでいたんだぞ」

 カイルは眉間にシワを寄せ、足元を見た。納得できない部分もあるが、それでもどうしたって反論はできなかった。

 彼女の言う通り、ライラがいなければ本当に死んでいた。情けないことだ。

 ただ、もう一つ明らかになったことがある。それは、本当に上司がライラを認識していないということ。これは紛れもない事実だった。

 カイルはライラの方をチラリと見た。無意識の行動である。

 その時。

 この突発的な無意識によって、確固たるものだった事実に亀裂が走る。

 要するに、その行為がきっかけとなってしまったのである。

「なんで……」ライラは呟いた。

 女騎士の目がしっかりとライラの目線を捉えていたからだ。両者、目を見開く。

「貴様その顔……!」

 ライラは咄嗟に立ち上がり、路地の奥に駆け出した。

「ライラ!」

 反射的に叫ぶカイル。同時に、ライラも何か言葉を発していた。

 女騎士とカイルは後を追おうとしたが、それは叶わなかった。

 動けない。体が動かないのではない。何かに全身の服を同時に掴まれているような感覚だった。

 ライラは必死に走った。

 なんで。なんで。

 どうして認識され、どうしてバレているのか。そういう問いを頭の中で発し続けていたが、思考はままならず意味をなさない。

 ライラの目に、女騎士の表情が焼きついていた。カイルとは全く違う、強い敵意の目。それも、市場通りで群衆から魔術師に送られた目とは比べ物にならない敵意だった。

 あまりの焦りで正常に動作しない体を無理やり動かして、一心不乱に走り続ける。

 ライラは怯えていた。過去の恐怖などよりずっと根源的で、本能などよりずっと具体的な感覚だった。

 身体中と、それ以外の部分も、まとめて赤い警鐘をかき鳴らした。何を犠牲にしてでもその場から立ち去りたいと、そう思えるほどにうるさく。

 やがて別の路地から市場通りに戻り出た。大勢の人間が事件の処理を見物しに来ていた。

 その中にライラは飛び込んだ。人の間を縫って、何度もぶつかりながら街の外を目指した。決して近くない。だがそれでも、もうこの街は怖くていられないと思った。

 走った。走った。走った。

 そして、倒れた。ついに足の回転にエラーを起こして、通りのど真ん中で顔から派手にずっこけた。そうして体が止まると、もう起き上がる力はなかった。ぐう、とお腹が鳴った。

 道ゆく人は倒れたライラを避けていく。しかし、誰一人として一瞥いちべつすらかけない。

 そのまま、冷たい石の通りの上で、ライラは意識を失った。


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