人の顔
長船 改
人の顔
畳にゴロンと寝っころがって天井を眺めていると、ふと、人の顔に見えてくる事がある。
トイレに座って壁に掛かっているタオルを眺めていると、ふと、人の顔に見えてくる事がある。
授業中、窓についているバーのサビを眺めていると、やっぱり、人の顔に見えてくる事がある。
そういう時、決まって僕はぼーっとしている。
すると、怒られる。「なにぼーっとしてるんだ」って、怒られる。親にも。きょうだいにも。先生にも。
そして笑われる。クラスのみんなに。バカにされる。指をさされて。笑われる。
僕だってぼーっとしたくてぼーっとしてるんじゃあない。ただ、どうしてもぼーっとしてしまうだけなんだ。気をつけていても、ぼーっとしちゃうんだ。
そうして怒られて。また。僕はぼーっとしてしまう。
笑われて。ぼーっとしてしまう。
これをなんて呼ぶんだっけ?
そうだ。
「あくじゅんかん」だ。
その内、色んなものが人の顔に見えてくるようになってきた。
前の席の子が着ているシャツの模様。
ビスケットの裏っかわ。
お味噌汁。
牛乳のこぼれた教室の床。
ランドセルについた靴跡。
鉛筆でぐじゃぐじゃってやったノートのページ。
でも、この「人の顔」たちは、みんなと違って僕を怒ったりしない。バカにしない。笑ったりもしない。
ただそこにいるだけ。
だから、僕もぼーっとして、眺めるだけ。
ねぇ。
せんそうが始まったんだ。
よく分からない内に、家がなくなった。
学校がなくなった。
近所のおじさんやおばさんもなくなった。
クラスのみんなも、何人かなくなった。
全部が全部なくなったってわけじゃないけれど。
だから余計につらくって。
でも、頑張らなきゃいけないから。
お母さんを助けないといけないから。
生きていかないといけないから。
なのに、僕はぼーっとしちゃう。
そして怒られる。お母さんに。叩かれる。ひっぱたかれる。
「なんでお前だったんだ」って、泣かれる。
……だれもいない場所で。
僕はひとり。ぼーっとして。空を眺める。
ふと、なにかが落ちてくる。ゆっくり。ゆっくりと。
僕にはそれが、人の顔に見えて。
しかもそれが、笑っているように見えて。
「おいでおいで」って誘ってくれているように見えて。
だから、僕も。
「うん」って、一回うなずいて。
笑って。
そうして。
焼け焦げたガレキの。
顔になったんだ。
人の顔 長船 改 @kai_osafune
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