第10話 謎の人物「にだいおう」
Kはさらに「燕王捜神記」を読み進めた。
K「‥。」
また彼の視線が立ち止まる。
私「ど、どうした?」
K「ところどころ読めない場所はあるけど、今ざっと目を通した。
この『燕王捜神記』、『賀田墨村』の歴史書で間違いなさそうだ。『燕王』が村を起こしたところから始まって、四人目の『燕王』が亡くなるところまで記録されている。
裏表紙には、当時の『亜広川市』教育委員会が管理に関わっていたことが書かれているし、『賀田墨村』の公式な記録と言っていいだろう。
しかし、『にだいおう』の物語にあるような、不思議な怪物や、太陽と月の戦争など、ファンタジーな要素は何も書かれていない。
書かれているのは、現実的な内容ばかりだ。農具を改良したとか、暦を整理したとか、作物の栽培方法を工夫したなんてことが書かれているな。あとは、川が氾濫する様子は特に詳細に記録されている。
どうやら、ここに書かれているのは全て事実という可能性が高そうだ。」
私「え、『太陽と月の戦争』は元ネタの本に書いてなかったのか?」
K「確かに、大きな戦いがあったことは書かれている。死者の数が記録されているけど、村の約3分の2が戦死したという記述もあった。そのほかにも、結構な頻度で戦争は起きているみたいだ。
だが、これら戦争に「太陽と月」が関係したとかは、全く記載がない。」
私「ま、まじか‥。」
K「あの『にだいおう』の物語、誰が何の目的で作ったのかは分からないけど。元ネタにはほとんどないフィクションの部分がかなり多い。」
私「な、何だよ。じゃあ、あの「朱」とかいう変な怪物とかも、元ネタには出てこないんだ。なんか、ケツが二つついているシュールな見た目、結構好きだったんだけどな‥。」
「朱」とは、物語で「にだいおう」が討伐した怪物だ。以前紹介した「にだいおう」の物語にも登場したが、毛深くて、人間の下半身を二つ、胴体部分で接合したような奇妙な見た目の生物である。
子供の頃、村で初めて「にだいおう」の話を読み聞かせられた時、この「朱」の二つ尻がついている見た目を、私を含めたクラス全員が大笑いしたものだ。
とにかく子供時代、私は股間とか尻が大好きだったので、尻が二つついている「朱」の姿にツボった。
一応、物語では、それは人々を狂気に堕とす強力な毒気を持っており、恐怖の対象に違いないのだが、子供にとっては、そこだけなんだかギャグ漫画みたいで楽しかった。
あの怪物も、元ネタには登場しないとは。少し悲しくなった。
K「ああ、そんな怪物が『にだいおう』の物語には出てきてたね。
その「朱」なんだけど‥。
広島県西北部に古くから伝わる、それにすごく似た怪物がいるんだ。
それが『
そういうと、Kはスマートフォンのメモ用紙を見ながら喋り始めた。
K「広島県山方郡七塚には、『赤面』という不思議な動物の伝承が残っている。
それは、こんな話だ。
ある日、猟師が深い林を探索していると、こちらに尻を向けたまま動かない一匹の猿を見つけた。猿の上半身は茂みに隠れている。
猟師はそれを見て、猿が木の枝に引っかかって、身動きが取れないのだと理解した。
そして、親切心で、猿を枝から引っ張り出そうとした。
長いこと奮闘し、何とか猿は枝から解放され、猟師にだき抱えられた。
しかし、何と、その猿の本来頭がある部分には、もう一つ尻がくっついていた。そして本来腕の部分には、足がついていた。つまり、猿は下半身を対照的にくっつけたような見た目だったのだ。
男は、その恐ろしい猿の姿を見て驚き、猿を手放して一目散に逃げた。その後、その見た目が脳裏に焼きつき、彼は体調を崩してしばらく寝込んだという。
どうだ?『にだいおう』が討伐した怪物そっくりだろ?」
私「ああ。これ‥、『朱』と全く同じ見た目じゃないか。」
K「つまり、『にだいおう』の物語は、この民話に出てくる怪物を、そのまま転用したんだろう。だから、別の地域に伝わっている様々な伝承をつぎはぎして作られている。多分、『太陽と月の戦争』も、どこかの民話から持ってきたんだろうね。
こうして、フィクションの部分をどんどん取り除いてゆくと、最終的に『燕王捜神記』にある、何の面白みもない現実的な『賀田墨村』の開拓記になるというわけだ。」
私「つまり、何の変哲もない『賀田墨村』の発展物語を、村周辺に伝わっていた民話を付け加えて、魔改造したのがこの『にだいおう』の物語ってわけか。
うーん。そうか‥。それじゃあ‥。
現実の『にだいおう』って、何か功績はあるのか?
ほら、例えば、周辺の村を何度も滅ぼしたとか。すごい役職についたとか。」
K「それが、確かに『にだいおう』はこの『燕王捜神記』に登場するんだけど、これといった功績は載っていないみたいだな。
一応、兵士だったみたいだけど‥。あまり目立った活躍はしていない。」
私「え、それじゃ、なんで、『にだいおう』は物語で、『賀田墨村』を守った英雄に仕立て上げられたんだ?
ほら、だって、物語に出てくる怪物『朱』も、『にだいおう』をよく見せるために付け加えられた要素だろ?
でも、実際は冴えない兵士の一人に過ぎなかった。
そこまでして、彼を英雄にする必要があったのかな‥。」
K「おお。確かにそうだ。
普通なら、村の創始者である『燕王』を英雄にしてもよさそうだが、なぜか『にだいおう』が英雄になるよう物語が捻じ曲げられている。」
Kは「燕王捜神記」をペラペラとめくった。
K「今、僕がざっと読んだ限りで、『にだいおう』が活躍した出来事としては、田んぼに水をひく事業とか、山で倒れていた病人を村まで運んだとか‥。そんなことがあるな。
確かに、いい人ではあるんだけど、英雄の素質があるとは思えない。
唯一、彼に他とは違う点があるとすれば、さっきも言ったけど、かなり長生きしたことかな。はじめに仕えた初代村長の「燕王」の、ひ孫の世代まで生きている。
年齢はわからないけど、異常なぐらいの長寿だったことは事実だ。」
すると、Kの目はあるページの一箇所を見たまま、動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます