第9話 桃太郎の影


 翌日、午後1時。



 私はついに、国会図書館にたどり着いた。電車で片道4時間。

 ずっと座ったままだったために、下車したときはとにかく腰が痛かった。





 初めての来場になるため、受け付けで会員登録みたいなものを済ませる。すると、なんか会員番号とパスワードが書かれた紙を渡された。




私「めっちゃ緊張するな‥。」




 そして、所蔵図書検索用パソコンなるものに、そのパスワードを入れてアクセスした。どうやら、ここに目当ての本のタイトルを入力すればいいらしい。



 早速、「燕王捜神記」と入力した。



 すると、まだ在庫があると表示された。と言うことは、Kはまだここへたどり着いていない様だった。


 私は嬉しくなった。つまり、私が先にここへ到着したと言うことだ。彼の調査は阻まれ、私の方が先を走っていることになるのだ。


 すぐに資料番号が書かれたレシートを印刷し、それを受付の持って行った。



受付「少々お待ちください。」



 本が受付に届くまでに5分ぐらいかかった。そして、それはついに私の前に姿を見せた。







私「え?これが‥。」


 思ったより分厚い本だ。100ページはある。「にだいおう」の物語が数ページだから、まさかこんなページ数が多い本だとは思わなかった。


 もしかして、本を間違えたかな‥。


 そう思ったが、緑色の革表紙に金色の文字で、確かに「燕王捜神記」としっかり書かれていた。


 では、こんな沢山、何が書かれているのだろうと疑問が浮かぶ。私は表紙を捲るため、本に手を伸ばした。





 その時、私の肩を誰かがトントンと叩いた。私はギョッとして振り返る。


 そこには、なんとKが立っていた。動画でしか見たことがない顔だが、間違いない。彼は意外と身長が小さくて、イメージとは真逆の柔軟剤の清潔な匂いで包まれていた。


 彼も、私とほぼ同じタイミングで、国会図書館にたどり着いたのだ。多分、同じ新幹線に乗っていたと思われる。しかし、わずかに私に遅れをとった様だ。


 そして、彼は目当ての本を図書館に問い合わせたところ、在庫無しと表示され、諦めて帰ろうとする途中で、私がそれを持っていることに気づいたのだろう。



私「は‥、はい‥?」


K「‥。」


 一応、私とKは初対面である。しかし、彼は全く喋らない。ただ、恥ずかしそうに口を結んで、机に置いてある「燕王捜神記」をチラチラと見た。


 彼が言いたいことは分かっている。この「燕王捜神記」を見せて欲しいと言うことだろう。だが、極度の人見知りなのか、なかなか言葉が出せない様だった。動画ではあんなに冷静に淡々と喋っているのに。




 とにかく、私もこれを渡すわけにはいかない。彼を振り切り、そそくさとその場を去ろうとした。



私「あ、すいません。多分、人違いです‥。」



K「え‥、いや。えっと‥。」



 Kはあたふたしながら、私の後をついてきた。



K「僕は‥、その‥、本を見たくて、広島から来たんです‥。」



 私は立ち止まった。そんなことはすでに分かっている。私は彼を無視して近くの椅子に腰掛け、その本を開いた。


 すると、私に衝撃が走った。



私「え‥ええ‥。なんだこれ‥。」


 何と、そこに書かれていたのは、大量の漢字だった。ひらがなは一つも書かれていない。私が手にしたこの本は、全て漢文で書かれていたのである。





 当然、私は漢文なんて読めない。漢文といえば、高校時代に熱心に勉強したが、そんなもので太刀打ちできる相手ではない。


 すると、動揺した表情から、私が漢文を読めないことを悟ったKは耳元でヒソヒソと囁いた。


K「僕は、多少なら漢文を読めます。大学で日本の古文書研究をしていたので‥。よろしければ、お力をお貸ししましょうか‥。」



 私は観念し、彼にそっとこの本を差し出した。



私「ああ、‥そうか。それじゃ、よろしく頼むよ‥。」


 私とKはここで軽く自己紹介をした。そして、彼の年齢が24歳であることを知り、お互いに敬語を使わない約束を交わした。




K「‥それじゃ、君も、『にだいおう』について調べていたわけか。」


 

私「‥ああ。それでこの本には、何が書かれているんだ?」



K「まだ、確定ではないが‥。


 多分、昔の歴史が書かれている。中国山地の『賀田墨村』周辺の歴史が‥。


 だから、一応全て事実が書かれているみたいだ。そして、この中に『にだいおう』の話があるとすれば‥。」



私「まさか、『にだいおう』も実在した人物ということになるのか?」



 Kも心を躍らせた表情でこちらを見て、視線を再び本へ向けた。



私「なぁ、Kも知っていると思うが、物語『にだいおう』の登場人物に、『燕王』ってのがいただろう?

 この本、タイトルに『燕王』ってあるわけで、彼が主人公の物語なんじゃないのか?」



K「‥。そうみたいだね‥。


 ‥待ってくれ、その『燕王』についてなんだが‥。



 ‥君、早速すごい発見をしたよ。」




私「え、何?」


 私も目を輝かせながら、彼に近づいた。




K「この本によれば、『燕王』は四人存在したことになっている。」



私「は、四人?一人じゃないのか。」



K「ああ。『にだいおう』の物語では、『燕王』は一人であるかのように書かれていたが、実際は四人いたみたいだ。



 どうやら彼らは、祖父、父、子、孫という関係で、みんな『賀田墨村』の村長に就任している。そして、この四代の村長全員に、『にだいおう』は仕えたことが書かれているよ。


 だけど、『にだいおう』はたった一人だから、彼はかなり長寿だったんだろうね。



 それで、その四人の『燕王』の名前が、ここに書いてあるんだけど‥。いやぁ‥不思議だ‥。」



私「なんだ?教えてくれよ‥。」


 

 Kは紙とペンを取り出し、四人の「燕王」の名前を書き出した。



K「君も驚くと思うよ。」



「燕王 姫猿きえん

「燕王 姫葛きかずら

「燕王 姫犬きいぬ

「燕王 姫雉きち



K「これが、四人の『燕王』の名前だ。」



 何と、四人の「燕王」の名前には、「猿」、「犬」、「きじ」の名前が入っているではないか。

 この三匹の動物といえば、あの桃太郎のおともとして有名である。




 そして、「にだいおう」は桃から生まれた英雄である。つまり、「にだいおう」と「燕王」が共闘する姿は、桃太郎と猿、犬、雉が一緒に戦う構図に似ている。





K「『姫』ってのは、古代中国の王室で用いられた特別な名前だから、彼らが何か高貴な存在だったのかもしれないね。



 そんなことより、これは、桃太郎とかなり共通点がありそうだね。」



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