第7話 桃太郎の影





 Kはすごい調査力だった。私が苦労してなんとか集めた「にだいおう」の知識を、この短時間で追い抜きそうだった。





K「近いうち、僕は国会図書館を訪れ、この謎の書に辿り着く。そしたら、また報告をあげたいと思います。

 この場所は、東京の霞ヶ関かすみがせきのあたりにあるらしいから、広島からだと往復4万円かかる‥。


 金はなんとかするとして、必ず行きます。とにかく、続報をお待ちください。」




 ここで動画は終了した。






私「おいおい‥、マジかよ‥。」



 私は彼に先を越されたことに落胆し、足を引き摺りながら駅のホームに降りた。




 だめだ。今から私がどんなに頑張って調査しても、Kの調査がどんどん先へ進んでゆくことだろう。会社勤めの私は、彼の様に本格的な調査をする時間もない。


 私は改めて独自に調査していたメモ内容を見た。Kの動画を見た後では、なんだか自分のものが浅い調査結果だなと感じた。



私「最悪だよ。‥まさかKが『にだいおう』の動画を作るなんて‥。


 どうしよう。俺も動画を出そうかな。でも、機材も知識もまだ揃っていないし‥。ああ、こうしている間にも、どんどんKは調査を進めちゃうよ‥。」



 そんなことを考えていると、自宅に到着した。職場からは電車で1時間かかる所に位置する、家賃の安いアパートで私は暮らしている。周囲には大きな建物がなく、一面の田んぼが広がっている。また、冬を除いたほぼ年中、カエルの合唱が聞こえるような場所だ。



 ガチャリ。


 

 部屋のドアを開けて、ボロボロの体をリビングまでなんとか運んだ。


 その後は薄暗い部屋に一人こもり、上司へ向けた営業目標未達についての反省文を書いた。


 ああ、なんで自分はこんなことをしているのだろう‥。


 そして、頭に浮かんだ内容を口に出し、その通りにペンを動かした。



私「このたび、目標達成できなかった理由は二つあると考えています。一つは事前のリサーチが不足していたこと。そして、もう一つは商材の訴求そきゅうに熱意が足りなかったことです‥。」







 ふと、次の字数稼ぎの文言を考えている途中、国会図書館に所蔵されている「燕王捜神記」のことが浮かんだ。

 

 このまま指を咥えて待っていれば、Kは図書館にたどり着き、本書を手に入れてしまう‥。そうすれば、彼の「にだいおう」の調査は、私よりもずっと先をゆくことになるだろう。



 それは、どうしても耐えられなかった。これ以上彼の調査が進むのが面白くない。本当に面白くない。



 「にだいおう」の話は、村の出身者である私が、先駆けて世の中に発信したいのだ。それを、Kに横取りされた気がして、すごく不快だった。

 

 気がつけば、Kが国会図書館へ行くのを、なんとか阻止できないか考えていた。



私「‥。」



 私は無意識にスマートフォンから動画サイトを開き、Kの動画サイトへアクセスした。



 

 すると、なんと今、彼はライブ放送をしていた。視聴者から「にだいおう」に関する情報を集める配信をしていたのだ。

 

 私も、ライバルの動向を伺うため、すぐにその配信へ参加した。




 すると、Kが自宅でビールを片手に喋っている姿が映し出された。



K「‥やっぱり、かれこれ1時間は生配信やってますけど、『にだいおう』の情報はなかなか入手できないですね‥。


 うーん、やっぱりおかしい。


 なんだか、学者もこの『にだいおう』と言う存在を避けているというか、意図的に深入りしない様にも見えるな‥。


 なんでこれまで、『にだいおう』を調査した人がいないのか。」



 確かに、彼の言う通りだ。こんな不思議な話、調査記録が一つぐらいあってもおかしくはない。本当に、有識者はこの「にだいおう」に近づくのを避けているようだ。







 すると、あるコメントが書き込まれた。「ペンギン太郎」という名前のユーザーからである。



「お疲れ様です!Kさん!!


 良かった!まだ配信やってたんですね!!


 『にだいおう』について調査があまりされない理由、多分ですけど、分かったかもしれません!!」




 Kはそれを見て、驚いた表情を浮かべた。私も同じ気持ちだった。


 思わずスマートフォンの画面に釘付けとなった。


 

K「ちょっと待ってください!!


 『ペンギン太郎』さん、『にだいおう』について調査されない理由が分かったとコメントされましたが、どう言うことですか?」 



 すると「ペンギン太郎」は、「それじゃ、長文失礼します。」と前置き、以下のように語った。



 「僕、広島県の民間信仰を調べているんですけど、そこで仕入れた興味深い情報があるんです。


 『賀田墨村』の詐欺事件ってのがあって。


 ‥1980年ぐらいだったと思います。ある女性が、与党の議員であるフリをして、『賀田墨村』の住民から支援金として金を盗もうとしたんですよ。

 彼女の個人名は伏せときますが、S氏とします。


 そもそも、政治家に金を贈ること自体がアレなんですけど、こういうのが当たり前の時代でしたからね。とにかく、この女性、村民を騙して相当な金を手に入れた様です。


 しかし、嘘はすぐにバレて、S氏は村びとに拘束されたみたいなんです。


 これが、『賀田墨村』で起きた事件の大まかな説明です。」



 この事件は、村でとても有名だ。

 以前にも述べたが、「賀田墨村」はこの女性に詐欺事件を起こされ、結果的に彼女は行方不明になった。彼がコメントした事件というのは、そのことだろう。

 そして、村は今も彼女を見つけ出すために、当時彼女が詐欺に用いていたポスターをまだ残しているのだ。


 しかし、それが「にだいおう」と一体何の関係があると言うのだろうか。






 「ペンギン太郎」は続けた。


「しかし、その女性、どうやら本当に自分が政治家だと思っていたらしいんです。つまり、精神的にちょっとまずい状態だったんだと思います。


 それで、拘束された彼女は、今度は自分のことを『にだいおう』の生まれ変わりだと主張し始めたんです。それを聞いた住民は皆、当然ですけど疑いの目を向けました。


 彼女は事件のことをうやむやにするために、こんな嘘をついたと思われます。




 だから、この時期、一度だけ『にだいおう』が新聞でも取り上げられたそうです。


 もちろん、悪い意味で。


 『女性に詐欺を働かせたのは、古代の英雄の怨念か?』みたいな記事がありましたよ。



 S氏は思い込みが激しい性格だったようで、初めは嘘のつもりで言ったんでしょうけど、どんどん自分の妄想に支配されたみたいです。結果、本当に自分が『にだいおう』の生まれ変わりだと、信じて疑わなくなりました。



 狂乱したS氏は『にだいおう』がまるで憑依したかのように暴れ、『我はこの古い土地の英雄ぞ。逆らうものは皆、黄泉の国へ堕としてやる!!』などと記者に叫んでいました。


 結果、彼女は何かに引き寄せられる山に走って行き、今も行方が分からないとのことです。まぁ、おそらく亡くなっているでしょう。


 そして、村民から騙し取った金はそのまま全額置き去りにしたので、マジでS氏は何がしたかったのか分からない。本当に闇深い事件なんですよね。



 とにかく、この事件以来、『にだいおう』は胡散臭い神というレッテルが貼られ、これを真面目に研究する者は皆、業界ではオカルト信者みたいな目で見られる様になったらしいです‥。当時はまだこのオカルトみたいなものに理解がなかったものですから。真面目な研究はまずされなかったのでしょう。




 それで、結局また月日が流れ、『にだいおう』は今日まで忘れ去られた存在となった‥。これが真相だと思われます。」



 私は深く納得した。



 そうか、あの事件にはそんな事情があったのか。そして、「にだいおう」が世に出ない原因を作り出したとは、驚きである。



 Kも腑に落ちた様子だった。



K「なるほど。よく分かりました。本当に貴重な情報提供、感謝します。


 ということは、この『にだいおう』について真面目に調べるのは、僕が初めてということになりそうですね。‥。」



 私はそれを聞いて、思わず歯軋はぎしりした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る