第6話 桃太郎の影


 この動画投稿者の名前は、仮にKとする。


 彼は基本的に無表情で、サバイバルナイフをくるくる回しながら淡々と調査報告をする。


 そんな彼が、私の故郷「賀田墨村」の入り口に立っている姿が映し出された。


K「こんにちは。

 

 今、僕がいるのは、広島県「亜広川市」。そして、この先にあるのが、謎の隔離された集落「賀田墨村」。小さい頃からずっと気になっていた場所です。


 僕は、この近くの街で育ったのですが、高校時代、奇妙な体験をしまして。僕の高校にはこの村から通っている生徒が少数いました。彼らは5時限の授業までしか出席せず、部活もやらずにさっさと下校していました。


 そして、その子たちは『外部の人たちと接触することを避けている』という噂があったんです。僕は彼らと同じクラスにならなかったんですが、確かに、彼らはどのクラスでも孤立している感じでしたね。


 喋りかけても、最小限の答えしか返ってこない。これは、彼らの秘密を喋らないようにするため、村が掟で彼らを縛り付けているんだと。そう言われていました。」



 なんと、Kは私と同じ高校出身だったようだ。

 しかし、彼は間違っている。私たち村の児童は、好き好んで早帰りし、周囲から孤立していたのではない。バスの運行時間の問題で、早く帰らなくてはならなかったのだ。

 しかも、外部の人間と喋ってはいけないなどという掟はない。単純にコミュ障というか、部活とかに所属できないから、他の学生と共通の話題が見つからなかったのだ。

 

 しかし、そうか。外部の人たちには、私たちは自ら外部と関係を絶っているように映っていたのか。それは、新しい発見だった‥。






 Kはコッヘル(サバイバルで使う器)にカップラーメンを入れ、それをバーナーで煮込みながら言った。


K「学生時代、この村には様々な噂があったんです。


 そのひとつ、どうしても知りたいことがあって‥。


 どうやら、『賀田墨村』の人々は、独自の宗教を信仰しているらしい。それが、桃太郎に似た英雄を崇める、やばい宗教だと。これを、どうしても確かめたかったんです。

 誰も『賀田墨村』の人と関わらないから、真偽は不明のまま‥。



 あ、どうも‥。」



 おそらくはカメラの外で、現地の人が彼の前を通り過ぎたのだろう。Kは簡単な挨拶をした。そして、何事もなかったかのように続ける。



K「おそらく、カメラでの撮影はかなり厳しいかと思います。この後、ラーメンを食ったら突撃しますが、現地で見たものは全て後で話すことになるでしょう。


 それじゃ‥、行ってきます。」







 それから、画面は切り替わり、突然夜の団地の景色が映し出された。

 Kが「賀田墨村」での調査を終えたようで、無人の公園のベンチに腰掛けている。

 


K「はい。時刻は19時。たった今、調査を終えました。


 村人とは‥一言も喋っていません。とりあえず、挨拶をしても無視されました。しかし、結構な人数がいたと思います。


 そして、村の奥には廃屋が数軒あって、さらに奥地には小さな神社がありました。まぁ、住民から危害を加えられることもなく、普通の村でしたね。


 ですが‥。



 廃屋の近くにこんなものが、落ちていました‥。


 思わず、拝借してしまって‥。これは、本当に信じられません。」



 彼はぴらぴらと冊子のようなものを画面に映す。それは、「にだいおう」の絵本だった。あの賀田墨村文化振興協会が発行している本である。


 実は、彼が言う数軒の廃屋があるエリアには、数年前、人が住んでいた。若い夫婦だったと思う。でも、彼らはどこかへ移住てしまったようで、「にだいおう」の絵本を気味悪がって家に置き捨ててしまったのだろう。





K「何度も言いますが、信じられない。


 この絵本は、多分この村でしか発行されていないもので、に、『にだいおう』という英雄の物語です。そして、この『にだいおう』は‥、



 桃から、生まれたとあります。


 彼らが桃太郎に似た英雄を信仰していると言う噂は、本当だったようです‥。



 僕は、正直、学生時代に聞いた『賀田墨村』の噂は全てデマだったと言うオチを予想していたんですが、これは、予想外でしたね‥。


 一番嘘くさい、『桃太郎に似た英雄を信仰している』というのが、事実だったのですから。」




 これを見て、コメント欄には様々な考察や感想が書き込まれていた。


「桃太郎の原型が『にだいおう』か。それとも桃太郎を元に『にだいおう』が作られたのか。どっちかだと思う。」


「誰かが昔、この隔離された村に桃太郎を伝えて、それを村人が神だと勘違いして信仰するようになったとか?」


「なんか闇深そう‥。深入り注意かも。」


「Kさん、気をつけて。」



 

 Kはそこで、「にだいおう」の物語を紹介した。本書ではすでにそれを紹介したため、ここでの物語の内容紹介は割愛する。


  




K「実は、さらなる発見があります。


 ここまで時間が遅くなったのは、村から出た後、急いで県立図書館に行ってたからです。この『にだいおう』について何か資料がないかと漁っていました。


 そしたら、これも不思議なんですが、びっくりするぐらい『にだいおう』に言及した資料が見当たらないんですよね。2時間は粘って探してみましたが‥。


 ただ、ある民俗学者が書いたこの『桃太郎の足跡』という本には、少しだけ『にだいおう』について書いてありました。」




 彼はそう言って、厚い表紙の本を取り出した。



K「この本は、主に岡山県や愛知県の桃太郎に関する伝承をまとめています。桃太郎だけでも、これだけ異伝があるのは驚きですね。


 ですが、少しだけ‥。書いてあるんですよ。


 ほら。」


 彼は目を輝かせながら、ペラペラとページをめくった。それにスマートフォンのライトを当て、画面に映し出す。


 

 そこには、「広島県の民間伝承に、桃から生まれた英雄あり。」というタイトルが書いてあった。 






K「この本によれば、この『にだいおう』と言う絵本の物語‥。


 どうやら、元ネタがあるらしいです。


 実は、この学者によると、ある古代に書かれた本があって、その中にこの『にだいおう』の物語が描かれているらしいんです‥。


 それを一部内容を修正して作られたのが、村で流通している『にだいおう』の話だと‥。」





 私はそれを聞いて思わず立ち上がった。


 「にだいおう」の元ネタ?そんなの聞いたことがない。村に住んでいた私ですら知らない史料が、存在するとでもいうのだろうか。




K「これが、僕も聞いたことがない謎の本で‥、



 『燕王捜神記えんおうそうじんき』‥。と言うらしいです。



 内容は不明。でも、物語「にだいおう」は、この本を元に書かれていると、その学者は言っていました。



 でも、変なんです。県立図書館のデータベースを調べても、『燕王捜神記』なんて本は一冊も見つからない。ネットで調べても、全くヒットしません。


 これは、学者によるガセ情報か‥。そう思った時でした。


 唯一、この本を所有している施設をインターネットで見つけました。



 それは国会図書館です。


 みてください。国会図書館の所蔵図書検索サイトに、この『燕王捜神記』と入力すると‥。ほら、1冊所蔵していると表示されるんですよ。」




 彼はスマートフォンの画面を見せる、すると確かに、「該当図書 1件」と表示された。


 つまり、この「にだいおう」の元ネタである謎の本は、実在するようだった。しかし、日本全国でこの場所にしか保管されていないのは、何か意図的に隠されているように思えてしまう。



 この「燕王捜神記えんおうそうじんき」‥。一体何が書かれているのか。



 タイトルにある「燕王」は、「にだいおう」の物語にも出てくる男の名前と一致する。つまり、彼について何か書かれているのか‥。


 そして、「捜神記」‥。

 「捜」は、「さがす」。つまり「探す」という意味だから‥。

 

 タイトルの意味は、「燕王が神を探す物語」ということになりそうだ。





K「この本を見れば、何か発見があるはずなんです。誰か、これをみている人は、ぜひ僕にメッセージをください。」









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