第10話 エアリーの家

 持って来た荷物を整理し、エアリーが用意してくれた部屋でくつろぐ。食事もしたし、後は風呂に入って歯磨きしたら寝るだけだ。


 しかしそんなすぐに寝るというのも趣がない。少しこう、この世界の事を見たい、知りたい、調べたいという好奇心を抑えられない。

 とはいえ、夜も遅い。外を出歩くのが危険だということはわかる。だから、今できるのはこの部屋を見ることぐらいなのだが、女性の部屋をまじまじと見るのは少し気が引ける……。

 

 けど、本棚しかないんだよな、この部屋……。


 エアリーが案内してくれた部屋には、壁が見えない程に大きな本棚が、机を置いている方向を除いた全方向に置かれており、しかも本は隙間無く綺麗に押し込められ、そのどれもが枕にできるほどの分厚さだった。

 

 図書館か何かと見紛う程の圧力がそこにはあり、活字を普段読まない自分でも、この量が異常である事は理解できた。


「エアリー、この本ってつまり、魔術関係のそういう本?」

「所謂魔導書ってやつや。おもろいで、読んでみ」


 そう言われても何から読んでいいか全く分からない。

 だが一つだけ分かることがあった。本の表紙が読めるのだ。

 今まで見たことのないような形、日本語でも英語でも、アラビア語でも無い不思議な文字。だというのに自然と読めてしまう。これが“翻訳魔術”の効果ということだろう。


 何から読んでのいいか分からないのは変わらないが、じっとしているだけなのも癪だし、何より自分も好奇心に駆られているようで、目の前にあった“魔術基礎 入門編”を手に取った。


「…………」

「ふふ……。なんや、弟子でも出来たみたいやわ」


 そう言うエアリーの方を向くと、背もたれのある木製の椅子を、本来の逆向きに座りながら、その背もたれを抱くような姿勢でこちらを眺めていた。


「弟子でもって……。お前、弟子とかいたんだろ?」

「おったよ。けど、なんちゅうか……。歳の差でやっぱこう、変な感じというかさ。そうやなぁ、年上の後輩って変な感じしやん?」

「あー……。なるほど。でも歳の差とか気にするんだな、ちょっと意外」

「そらするよ、歳の差なんて二百五十歳差とかもあったんやぞ」

「に、二百五十!!?」

「エルフ族言うんやけどな、長命でしかも魔術が高度。ほんまやったらこっちが弟子入りするような存在やな」


 ……なんか、さらっと凄いことしてない?


「ちなみに、失礼ですが貴女の年齢は」

「十八」

「十八ィ!?」

「なんや、あかんのか」

「いや、そうじゃなくて、十八歳の少女に弟子入りを頼む二百五十歳年上のエルフかぁ、と思って」

「嫌やったと思うでー、頭下げる時めっちゃ下唇噛んでたもん」


 エルフ族って、プライド高いのかな。いや、二百五十歳も年下の人間に頭を下げるのは、誰でもプライドが傷つくか……。


「懐かしいなぁ、今何してんねやろ」

「ああ、そうか。城を追い出されてから知らないのか」

「そやねん。戦争行ってなかったらええけど……」


 ……ん?戦争?急に不穏になったぞ。


「え、な……。え?戦争してんの」

「まあ、たまにな。といっても、相手は人間ちゃうよ」

「はぁ」

「他種族。特にゴブリン族とな」


 その目は虚というか、あまり似合わない様相だった。声も落ち込み、覇気がない。心なしか、肩も下がっている。


「ここ離れる時には何もなかったけど、一年過ぎてる訳やし、なんかあっても不思議やないよ」

「何もなければいいけどな……」


 少し気まずい雰囲気になってしまった。なんとかしたいが、どういった話題を振ればいいだろうか……。


「そ、そうだエアリー。今日俺はどこで寝たらいい?」

「ん?ああ、せやなぁ……。この家に客人招いたのあんたが初めてやから、どないしよか……。うん、とりあえず私の布団で寝とき」

「わかっ――あぇ!?」


 こいつさらっととんでもない事を言いやがった!何度も言うけど出会って初日だからな!?

 

「なんや、嫌か?」

「お前天然か?俺男だぞ!?」

「いや、そらそうやろ」

「嫌じゃないのか!?」

「嫌なら言わんわ」

「えぇええ……。俺が遠慮するわ……」


 こいつの価値基準というか、思考が本当に読めない。普通どう考えてもそうはならないだろ。

 まあその、自分はそんなに嫌じゃないけど……。後ろめたいというか……。なんか、そんな感じ……。

 

「……私のこと、嫌いなん?」


 まずい、声のトーンが低い。明らかに落ち込んでいる。つい勢いで全力拒否してしまったから、流石に傷つけてしまったのだろうか。

 

「そういうわけじゃないけどさ……」

「じゃあええやん」

「いやいやいやいや、もっとこう、適切な距離感ってものが」

「難しいこと言うなぁ……。とりあえず今日は諦めてくれ」

「嘘だろ…………」

「心配せんでも、布団のゴミとか汚れとか、そういうのは家入った時に家ごと綺麗にしたの見たやろ?大丈夫や、変なもんは無い」

「…………わかった、後で文句言ってくれるなよ」

「私が提案したんや、安心し」


 まあ、確かにエアリーは芯がしっかりしている人間だ。一度言ったことは余程のことがない限り曲げることはしないだろう。


「じゃ、私の部屋行こか」

「あ、は、は、はい」

「緊張しすぎやて自分……。まあそんだけ純粋っちゅうこっちゃな」

「そうですよ!こちとら女性経験皆無なんでね!緊張しまくりですよここに来てから!」

「あはは!自分やっぱおもろいなぁ、助けて正解や」

「何も面白くないが……」

「せやけど、私とおる時は、そない緊張せんでもええよ」


 そう言ってくれるのはありがたいが、慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

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