この白魔術師は癖が強い 〜私が最強?知らんわそんなん〜
奥村 葵
第一章 異世界からの来訪者
第1話 エアリーとの出会い
俺は今、死にかけている。というか、もう死ぬ。
ついさっき、トラックに轢かれたからだ。
身体中はきっと、傷だらけで骨も折れ、辺りに血や肉が飛び散り、悍ましい状況になっている事だろう。
体は指一本すら動かせない。なんとか意識を保ち、思考を巡らせられるのが、唯一の救いだろうか。
雑誌を見ながら交差点に侵入したのが間違いだった。全て自分が蒔いた種だ。
こうなってしまっては仕方がない、潔く死を受け入れよう………………
◆◆◆
――うーむ、どうやら意識というのは、死んだ後も巡らせられるらしい。
感覚が鈍くなっているのだろうか、それとも“無”がこんな感覚なのか。とにかく妙な感じだ。
体は重いような感覚で動かせないが、周りの雰囲気はなんとなく感じられる。
まるでこう、柔らかい物に包み込まれたようで、それでいてほんのり暖かい。
漂う香りも、例えるなら太陽に晒して干したばかりの布団のようで……………………
――あれ、匂いがわかるぞ。というか、呼吸が出来てる。ん、あれ、あれ?
「…………んん?」
目を覚ますと、そこには見慣れた風景が広がっていた。木目調の天井に、正方形の枠が特徴の吊り下げ電灯、壁にかけっぱなしにしてあるスーツ、コート……。
間違いなく、自分の部屋だった。
何が起きたのかを考える間もなく、すぐに次の疑問が頭に浮かんだ。
怪我の痛みが一切ない。感覚が麻痺したとか、そんな事じゃなく、何もなかったかのようだった。
その証拠に、腕や足、腰や顔、どこを触っても怪我の痕跡が見当たらない。あの事故は夢だったのかと錯覚してしまう程、綺麗さっぱりなくなっている。
あまりにも現実離れした状況。仰向けになっていた体を起こすと、どうやら布団の中にいたことがわかった。
丁寧に布団が敷かれ、掛け布団もしっかり用意して、それはそれはぐっすり寝ていたような状況だった。
「あっ」
「うおああッ!誰!?」
混乱の中、突然聞こえてきた女性の声。それも聞いたことのない声。この部屋に居るはずのない声だった。
跳ね上がった体を使って周囲を見回すと、丁度起き上がった時に死角になる枕元、そこに声の主、少女がいた。
誰?という疑問はもちろんある。こんな美人、見た事も聞いた事もない。知り合いにいるはずがない。
えー、うん……。腰までうねりながら伸びている、薄く青みがかった白い髪。そしてなんか、聖職者かなんかそれっぽい、白ベースに金や青のワンポイント装飾が所々目立つような、煌びやかな服装で、持ってるのは錫杖みたいな、杖というか、何というか……。そう、ゲームで言うところの魔法使いの杖を持ってる。いやなんで?
歳は俺より下のようで、二十歳には届いていないといった具合だろうか。
ただこう、姿勢が悪いと言うか……。畳の上で胡座をして、杖を肩に当てるように抱えたまま猫背になっていて……。そんな姿勢でこっちを凝視してる。
「やっと目ぇ覚めたな。あんたほんま、よそ見して歩くん止めときや」
「………………え、え。待って。何、何?」
事故ったと思ったら自分の部屋にいて、そしたら知らない女性が声をかけてきた。しかも流暢な関西弁で。
こんな意味のわからない状況、追いつけるか?いや無理だろ。なんなんだよこれ。
いや待て、この流れってもしかして異世界?さっき事故で死んだ筈だし、そのまま別の世界に来たって事か?というか自室ごと来たの?そんな事ある?
「まさか、これ異世界?自室ごと移るタイプの異世界?え、え?そういうことか?そうだよな?じゃないと納得できないんだけど!?」
「え?ちゃうちゃう、まだ死んでへんよ。それに異世界とかそんなんちゃうし、ちゃんとあんたの世界やで」
「いやいやいや…………」
「ほな、そこの時計。日付見てみ」
まさかと思いつつ、枕元に置いてあるデジタル時計を確認する。
……間違いなく事故った日と同じだ。時刻はあれから数時間過ぎてはいるらしいが。
「まあー、そら状況理解できんよな。そらそうか、誰かて死んだらそうなるか……」
「…………生きてるよ俺。生きてるよな?え、生きてるよな!?」
「ああ、生きとるよ。蘇生したったんや」
ふふん、とでも言うような表情でこちらを見つめてきた。その瞳は本当に、びっくりするぐらい透き通った淡い水色をしていて、美しく輝かしい。正直、十秒も見つめられるものじゃなかった。
「…………この状況、何?」
「ええよ、教えたるで。千円な」
そう言って、くいくいっと手を出してきた。
「金取るの!?」
「あはは!冗談や冗談。せやけど、説明する前に自己紹介しよか。うちは“エアリー・アルパール”や。よろしく。あんたは?」
ここまで話し、名前も教えてくれたが、明らかに普通じゃない。絶対ヤバいタイプだ。
こいつの正体がわからない以上、個人情報を晒すのは危険だ。ここは嘘をついて凌ぐか……
「……えっと、夢野――」
「嘘つくな。
「な、なんで知って……!?しかもフリーターなのもバレてる……」
「ま、その辺は後で纏めて話すさかい、なんせ落ち着いてくれんか」
お前が焦りの元凶なんだよ。という気持ちはグッと抑え、とにかく息を整えた。
「まぁー、なんや……。何があったかは段階追って話すわ。さて、話してええか?」
今のこの状況、説明できるのは本当にこの人しか居ないかもしれない。
少し怖いが、首をゆっくり縦に振った。
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