ひみつのおじさん

@smdb

ひみつのおじさん

 まだ私とミミズが友達で、雲がわたがしの国に見えていた頃。

 私は山奥の村に住んでいた。そこに他の子供はいなかった。

 私は幼稚園にも通っていなかったから、いつも一人で遊んでいた。遊ぶスペースはたくさんあったけれど、私はいつも同じ公園で遊んでいた。

 その錆びたブランコと滑り台がある公園は私のだけのものだった。その公園は森の入り口近くにあって木に囲まれている。そして私の家から少し離れている場所にあったのだ。滑り台にポケモンの絵を描いたこともあった。それでも怒られなかった。

 老人たちは私が大好きだった。私に会うたびにお菓子をくれるから私のポケットはいつも粉々になったお菓子でパンパンだった。

 思えば私は五歳児でありながら大人の監視無しで遊んでいた。最初の方は親も一緒にいたが、いつからか一人で遊んで良いことになったのだ。大きな怪我もせず、誘拐もされなかった。


 いろいろあってまだ親にも話していないが、思いだすと鳥肌が立つような秘密の思い出がある。

 私にはおじさんの友達がいた。その人が誰だったのかは未だに分からない。家も知らないし名前も知らない。顔はよく覚えている。おじさんと聞いてみんなが思い浮かべるようなおじさんだ。小太りで、髪の毛は薄い。自分のことをおじさんと呼んでいた。私はそのおじさんと小学校に入るまでのほとんど毎日を一緒に遊んで過ごした。

 初めてあった時には私は一人遊びに慣れていた。バケツにダンゴムシを集めてダンゴムシ王国を作ろうとしていた時に、おじさんがダンゴムシを持って現れたのだ。びっくりした記憶はない。おそらく私は普通におじさんを受け入れたのだ。おじさんは「自分と遊んだことを秘密にしろ」ということをもっと優しい言葉で私に伝えた。

 おじさんは帰る時に公園の出入り口ではなく森の中に入って消えていった。

 ほぼ毎日遊んだ。おじさんが何かしようと言うわけではなく、私がすることをただ手伝ったりしてくれるだけだった。おじさんは口数が少ない性格だったが、口を開けば大人はつまらない獣で子供こそが人間だというようなことを言った。


「木の枝で地面に絵を描いて」

 私はそんなことをよくおじさんに頼んだ。おじさんは絵がとんでもなく上手かったのだ。おじさんはいろいろな枝を私に集めさせて太い枝や細い枝を使い分けて描いた。私はおじさんが鳥やカマキリの絵を描いてくれると嬉しくてその度に大喜びした。おじさんはその時ほんの少し笑うのだ。照れているの嫌なのか分からない顔で。私はその表情を度々思い出してきたから今でも覚えている。あの時のおじさんの感情がこんなものだったのではないかと思うこともある。

 私の六歳の誕生日が近い頃、おじさんは森の中へ行こうと言った。私は母に森の中へ行くなと言われていたから行けないと言った。おじさんはそうかと言って何も言わなかった。

 元々悲しそうな顔をしているおじさんの顔はさらに可哀想になった。それでも親から言われていることは守りたかったから行かなかった。おじさんは私にちょっと待っててと言って森に入って行った。

 おじさんは両手で作った器の上に綺麗な果物をたくさん乗せて戻ってきた。

 その果物は見たことがないものだった。星雲からくり抜いたようにキラキラした楕円形の小さな粒が葡萄のように集まっていた。私はおじさんから差し出されたものを口に放り込んだ。味はよく覚えていないが美味しかったのを覚えている。それからあの果物を見たことはない。

 おじさんは度々遊びの途中に山に入った。そしてその度に面白い虫や不思議な果物を持って戻ってきた。もちろん私は森に興味を持ち始めた。中に行ってみたいと。

 私はそれから母親に森の中に一緒に行こうと頼み続けた。

 母は隣の市の町に勤めていた。夜はそこで働いているから日中は家で寝続けていた。私は眠る母の瞼を無理やり開いたり、思いっきりゆすったりした。困った母はどこかのお爺さんに頼んで一緒に行ってきなさいと言った。それでまた寝た。

 私は家の外に出て一番に見つけたマチさんに頼むことにした。

 マチさんはおばあさんだ。マチさんは嫌な顔をせず寧ろ良い顔をして「いいよ」と言ってくれた。

 森の入り口に立ち、マチさんの手を握る私は緊張していた。大きくなってから勝手にあの森に入ることは何度もあったが、その度に初めて入った時のことを思い出した。

 森の中に道はない。倒れた太い枝や葉っぱを踏みながら進んだ。やがて普通に歩ける道が出てくる。木々の間をマチさんの手を握りながら進んだ。今思えばマチさんは歳の割にすごい体力を持っていた。マチさん以外の老人もみんなそうだった。


 私は今介護士として埼玉の老人ホームで働いているのだが、手を繋いで散歩する時に手から伝わってくるエネルギーがあの集落に生きていた老人のものとは全く違う。あれは私が幼かったからなのか。


 かなり奥まで進んで、流石に恐ろしくなってくるころにあの果物や虫が見え始めた。持ってきた虫籠にラピスラズリ色のカナブンとヤマモモを入れた。

 さらに奥まで進んだ時、小屋が見えた。木でできた家でかなり古かった。今思えばあれがおじさんの家だったのか。何があるのか気になった私はマチさんの手を離してその小屋の窓まで走った。その窓から中を覗こうとするとマチさんが怒鳴った。それが初めてあの集落で怒られた時だ。あの時にも「初めて怒られた」と思ったのを覚えている。中は薄暗く、人はいなかったがマネキンがたくさんいたのが不気味だったからすぐにマチさんの方に走って戻った。マチさんは帰る時までずっとブツブツ何かを言って怒っていた。

 母にカナブンやヤマモモや例の星雲の果物を見せながらいろいろ話を聞かせると母は怒り出し、公園に行ってわいけないことになった。

 それから公園にこっそり行こうと思っても集落の老人が追いかけてきて

「だめだよー」

 と優しい口調で止めてくるようになった。

 あの森のあのおじさん。中学生になって再び森の奥に入った時にはもう何も誰もいなかった。あの建物はあったがもう使われていないようだった。私の秘密の友人。私の秘密のおじさん。


 

 


 

 

 

 

 

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