星空の彼方へ運ぶ夜光列車
夜の街を出た。
昼間の纏わりつくような熱気がうそのように涼やかな風が髪をすいて心地いい。
そのまま夜風を連れて街の外れに出た。
すぐそばを川が通っていたのでそれに沿って進む。人の通りのない小さな河川敷には街灯もなく、道しるべのように電柱だけが並ぶ。街明かりは遠くなっていた。
明かりの届かない暗がりを歩いていく。
辺りは風に撫でられる草葉の揺らぎと蛙の声に包まれていた。
「もうそろそろかな」
「どうだろう」
ノーマッドの呟きにカダルは相槌を打つ。会話というよりは独り言だったかもしれない、ノーマッドは遠くを眺めていた。
向かう先のほうには鉄橋の影が見えてきた。
「晴れて良かったね」
ふいにカダルが囁く。その言葉につられノーマッドは空を見上げた。
建物の影もなく雲も掛からない空は広く広く見渡せる。どこまでも藍く、深く、澄んでいて、そしてその夜の帳にはこぼれ落ちそうなほどの数多の星が灯り、月のない夜の一幕を独り占めしていた。
瞬く星空は地上との境界線を静かに浮かび上がらせる。
「そうだね、これなら――」
言いかけて、はたりと止まる、耳に届いた音へと意識が向いていた。
微かだが、確かに聞こえた。
ノーマッドは歩みを止め音のほうへと見やる。
「来たね」
カダルがそう口にしたのと同じくして、ノーマッドの瞳にもその姿が映った。
──タタンタタン
耳に届いたそれは列車の、線路を転がる車輪の音だった。
夜に紛れるその体を、内に灯る明かりが煌々と照す様が流れていく。照らし出されたそこに乗客の影は見当たらない。
──タタンタタン
軽快な音を奏でながら、まばゆく輝く列車はふたりの目前の風景と交わっていった。
──タタンタタン
光を帯びる鉄の塊が星を散らしていく。
──タタンタタン
窓からこぼれる光が暗闇に流れていく。
──タタンタタン
光は瞬く間にふたりの視界から過ぎていく。
──タタンタタン
列車の走る音だけが夜風に残響し、やがてそれも蛙の声に掻き消されていった。何事もなかったかのように、辺りは再び暗がりに包まれ星だけが瞬く。
「また遊びにおいで」
バイバイと小さく手を振り、ノーマッドは星空にとけていった列車を見送った。
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