第52話 グローツラング

 ◆本代もとしろダクト◆


「副局長! 手短に、召喚獣についての説明をお願いします!」


 元気よく挙手しつつのレイスの質問に、副局長は神妙な面持ちで頷いた。

 俺もなんか茶化したいけど、何も言えない雰囲気。今は一分も、一秒すらも惜しいからな。


「はい。……召喚獣とは、主に異界から戦闘に長けた生物を呼び出して、使役する魔法の種別です。一番の対抗策は、術者を意識不明にすることですが……」


 なるほど、最初から対抗策が解ってるのは素晴らしいな。

 だが、あんまりいい予感がしない締めくくり方をされた気がするぞ?


「ですが……ってぇと?」


 続きを促す。


「私には、あの少年が召喚者本人とは思えないのです」


 そういう悩みか。あいつを倒しても、あの蛇が止まる保証がない、と。ならば、せっかくの対抗策も無意味に終わる。


「あの子が……グローツラング、って叫んでましたけど……それが召喚の魔法という訳ではなかった……と?」


 今まで黙って話を聞いていた、ヒガサからの問いだ。


 それにしても、グロー……ツラング……でいいのか? 一回聞いただけで、よくまぁ覚えられるもんだな。さすがはヒガサ。大抵なんでも優秀だ。


「私の予想でしかないのですが、恐らくは。魔王軍であれほどの召喚術を使える人物は、一人しか存じていません」


 ふむ、とヒガサが腕組みをする。


「それが軍師ニルドリル、と……」

「ええ」


 そう短く返した副局長。


 副局長は、自身がさっき零した魔王軍の軍師のニルなんちゃらを正確に記憶しているヒガサにも、特に驚いた気配はない。ヒガサの記憶力の良さには慣れてるって反応だな。まぁ、自分でヒガサをスカウトしてきたんだから知ってて当然なのか。


 ――いや、さすがにニルなんちゃらはないわ。今聞いたばっかだもん。俺も覚えてたさ。ニルドリルね、はいはい。


「術者が近くにいない場合……。前もって術を直前まで唱えておいて、最後だけ何かのスイッチで後から起動……みたいなことはどうでしょう? ありえませんか?」


 レイスの案に、しかし副局長は即、首を横に振った。


「術者本人が近くで支配を続けなければ……今頃あのグローツラングは少年を振り落とし、異界へと帰っているでしょう」


 思わず、手をポンと打つ。


「――そうか、召喚獣ってのは絶対の味方じゃないのか」


 つまり、異界から戦闘狂を引っ張ってきてんのね。


「嫌々隷属させられているだけってこと、か」とヒガサ。

「友達の友達には厳しい……ってことでしょうか」とレイス。


 ……後者はなんか違うくね?

 ん? ってことはよ。


「軍師ニルドリルは……いや、そいつじゃなくても。少なくとも術者は今もこの近くにいるってことか」


 副局長は頷いた。


「恐らく」


 なら話は早いな。


「よし、術者を探してぶっ倒そうぜ!」


 右手を突き上げて発破をかける。……が、三者の面持ちは浮かない。


「でも、どうやって見つければいいんだろう」


 皆の心を代弁するかのようにレイスが弱音を吐く。


「いや、そんなんコソコソしてる奴を殴り倒していけばいいだけだろ」

「え。片っ端から、全員?」


 レイスは目を丸くした。


「おう、片っ端から、全員」


 肯定してやると、レイスは目を見開いたまま、


「うんそうだね……」と頷いた。


 なんだそれ。「ダクト君は単純でいいな~、悩みとかなんにもなさそうだな~」とか思ってんだろ。……まぁいいよ。


「じゃあ、行くぞ!! って、おおッ!?」


 グローツラングがその巨体を振り回したのか。

 地面が勢いよく揺れ、慌ててバランスを取る。


 てか、一体誰と戦ってるんだ、あの蛇は。

 ……なんて、今更確認するまでもないか。


「そういやレンドウ、まだ生きてんだろうな……?」



 ◆レンドウ◆


 その巨躯が破滅的な音をはしらせ、ぬかるんだ地面を鳴動させる。

 むせかえるような腐臭が辺りを満たし、それにより俺の意識は現実へと回帰したのか。

 突発的にこんな場所に放り込まれて、どうしろっていうんだ。


「うぅ……グ…………俺、は…………?」


 地下での戦いで“脳みそが焼き切れた”ような感覚がしてから……今までの自分は、自分じゃなかった。そんな気がする。

 いや……自分のしでかしたことから責任逃れをするなんて……クソ野郎、だけど。


 火事場の馬鹿力をもたらしてくれた狂気と脳内麻薬の供給が立たれ、俺の視界は唐突に高度を下げる。膝をついたのだ。


「……アァーン? なンだよ吸血鬼。まだまだこれからってとこなのに、お前はもう終わりってワケかよォ?」


 視線を持ち上げれば、巨大な蛇のシルエットの上……頭部にアレ……アレ座り。汚ェ座り方をしているカニ野郎がいる。そいつは先ほどまでの戦いを心底楽しんでいた様子だった。名残惜しい、といった様子だ。


 ――狂ってる。


 そんなに殺し合いが好きかよ。


 自らの手に視線を落とせば、血まみれのそれが目に留まる。服も。大方、顔まで。俺が殺めてしまった者たちの血が、俺を染め上げている。


「……まったく……」


 思わず、ぼそりぼそりと愚痴を零す。


「あ? なんだって?」


 カニ野郎が半目になって、俺をのぞき込むようなしぐさを見せる。


「俺も、本当に…………人の事ォ…………言えねェ、奴だ…………」


 お前に言ってる訳じゃない。俺が俺のために喋っているんだ。

 俺の言葉が聴こえないままで、結局カニ野郎はそれきり興味を失ったようだった。


 心底つまらなそうな声で、「……もう喰っちまえ」そう聴こえた。

 次の瞬間には、眼前に爬虫類の口内が飛び込んできた。


 ――ああ、喰われる。


 回らない頭で、これが人殺しの報いか……なんて考えた。


 生き物は……食べて、食べて食べて、食べ続けたものでできている。

 否応なしに、沢山の命の上に立つことを義務付けられている。

 それを放棄したものに待つのは餓死である以上、皆必死に、食べる側に回っているんだ。


 別に、食べる側は食べられる側に感謝するべきだとか、そんなクッサいことが言いたいワケじゃなかった……と思う。


 ただ、相手に対する恨みは無かった。

 自分が食べられる順番が来たってことなんだなって。


 ――そうして俺は諦め、目を閉じた。

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