第50話 板挟みのアルフレート

 ◆アルフレート◆


「……で、どうするつもりなんすか」


 自らの内にそう問いかけると、


『別段、何をしようとは考えていない。というより……繰り返し言わせてもらうがな。今のこの状況はおれが作り出した訳ではないぞ』


 そう、今までなら返ってくるはずも無かった答えが……脳裏にこびりつきやがる。


「そうであっても。色々と、企んでることがあるんでしょ」


 それに対し、既に勧められるがままに口調を砕けさせ始めているあたり、俺の順応性もなかなかのものだな。


 何が起きたのか正確に理解できている自信はないが、今や俺の身体にしている状態らしい劫火サマは……戦場の中、とある一点を注視している。その興味を引くものとは。


『……とりあえず、静観だな。これ以上近づいて、金竜きんりゅうに己の存在を悟られるのは避けたい』


 劫火はそう言った。確かに、レイスと吸血鬼が去った屋根の上にいる俺たちは、かなり戦場を遠巻きにしていると言っていいだろうが。


 ――あの状態のレンドウを放置していいのかよ、おい。


 俺としては、この状況で一番に気にするのがレンドウ以外っていうことが、意外でならないんだが。駄洒落じゃねーぞ。


 ――それに、気になることは他にもある。


「その金竜ってのはなんすか。どこにもドラゴンなんていない様に見えますが?」

『今のお前と同じだよ。あそこにいる少女は、金竜に憑依されている……憑依体だ』


 あそこにいる、って言われても見えねーよ!

 この距離で人探しなんてできるか。

 というか、俺に憑依してるって言っても、俺の目を使ってものを見ている訳じゃないのか。俺以上に視力(?)がいいって、どういうことだよ。


 俺が苦々しげな顔をしていることが解ったのか、劫火は続ける。


『いや、嫌がるかと思って黙っているべきかと思ったんだがな。お前の記憶を見せてもらったから……その少女の名前も言えるんだが。あの……スカーレット? だかピーア? だか……そう呼ばれている奴だ』


 ……は?

 記憶を見せてもらった?


 ……いや、キモ……。


 憑依ってなんでもありかよ。

 いやそれ憑依したもん勝ちじゃん。

 いやいやいやいや本当にキモいんですけど。


「キモい……」

『言い過ぎだろう……。おれは一応、お前たちから見たら神様みたいなものなんだが』


 何やら潔白を主張しているらしいが、俺にはその意味が解らない。


「……? カミサマ、ってなんでしたっけ」


 訊くと、ため息をつく雰囲気。


『そうか、お前らは神という概念に疎かったな……清流人せいりゅうじんであれば、まだ馴染みがあるのだろうが。いや、だが博識なお前のことだ、耳にしたことぐらいはあるだろう』


 ……実体のないものを信仰する文化、とかそういうのがあるんだったか。向こうの国では。


 まぁ、そんなことは今はどうでもいいだろう。下では気が狂った様子のレンドウが、鎧の連中を切り裂いて回っている。あれは……。


 レンドウ、お前は。


 ――この戦いの後、人間たちから好かれるのはもう難しいんじゃないか……。


 レイスなら、きっと今も全身全霊を傾けて、あれを止める算段を考えているんだろう。できるかどうかは謎だが。


 それにしても、スカーレットが金竜とやらの憑依体だって? つまり、俺と同じ状態にあると。それで、向こうに劫火の存在がバレるといけないから、俺にはこれからあの女の前に行かない様に気を付けろって?


 ――難しすぎる注文だな。


 なにせ、俺とあいつは≪ヴァリアー≫の幹部、七全議会に所属する同僚だぞ。これからずっと俺に欠席し続けろってのかよ? ちっ。


「やっぱり、レンドウをほっとくのはダメでしょう。何とか助けられませんか?」


 提案すると、劫火はフッと笑った。


『――なんだ、いつの間にか情が移ってたのか。お前、チョロいな』


 殴りつけたくなったが……何を殴ればいいんだ、と思ってやめた。自分の顔か?


『とてもじゃないが無理だ。おれは起きたばかりで、この身体も本体ではないがゆえに、全能ではない。――大体、あんなに暴走しちまった我らがを止められる手段なんて、早々無いだろう』


 劫火はレンドウを眺めて、呆れたように呟く。


『あれま、止めようとした味方までふっ飛ばしちゃって……かあいつは』


 言っている言葉には、相変わらず意味の分からないものが多い。俺よりこの世界の物事をよく理解しているらしい劫火サマがそう仰りやがるなら、確かにどうしようもない状況なのかもしれない。


「それでも……」

『――あん?』

「……それでも、レイスなら……」


 戦場において、小さく……しかし純粋な輝きを放つそいつに、俺は一縷の希望を託していた。

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