第47話 痛みを忘れて

 ◆ジェット◆


 去り際にスピアを投擲して、人間一人を串刺しにしてやった。

 その余韻に浸る間もなく、オレは階段を上る。


 人間どもを全滅させることが目的じゃない。

 オレたちに下された指令は、あくまで憑依体ひょういたいとやらを捕らえることだ。


 暗に人間の帝国が主導して立ち上げられたのだと言われる、治安維持組織≪ヴァリアー≫。それを構成する一般兵どものレベルは……想像以上に低かった。いや、もしかすると、逃げ惑っていた連中は戦闘員ではないのかもしれない。そう思わせるほど。


「ま、オレらが強すぎるだけか」


 今も地上では単体にすら苦戦する兵士どもが、数を減らし続けているんだろう。やれやれ、そんなんでうちの“白兵”に太刀打ちできてるんかねぇ。獣ほどの筋力は無くとも、オレらには高い知能があるんだぜ。


「しっかし、ツインテイルはどうしたんだ」


 あの赤いロン毛野郎にやられちまったのか。情けねー。時間が会ったら回収してやらんこともねーけど……今はジェノが見つけたっていう、の憑依体を捕らえることが最優先だ。


 やることをやって帰らないと、魔王様に合わせる顔が無い。といっても、オレらが先に問題を根源から潰してきたと魔王様が知れば、それはそれはお喜びになられるだろうなー。ああ、褒められるのが楽しみで仕方ねー。


 独りになれば、喋る意味もない。一度フードを上げ、首元に垂れていた包帯を巻き直す。顔は隠しておくに越したことはない。再びフードを目深に被ると、視界は大きく制限されるが、その分集中力は増した。


 ――しかし、なんだって憑依体は地上なんかにいるかね。余りにも不用心すぎるだろ。てっきり、地下深くに厳重に囲っているものだと疑ってなかったってのに。


 金竜ドールの考えがオレには読めない。人間にくみし、無統治王国を裏から操っていると……がそう結論付けた、悠久の時を生きる黒幕とやら。だが、読む必要もないだろう。考えるのはジェノに任せよう。


 ――地下一階に足を踏み入れると、異臭が鼻を突く。


 血はもちろんだが、どうやらこの階では朝市のようなものが開かれていたらしく、食べ物から衣類、生活雑貨までを様々な人物が出店していた様子。砕け散った食べ物の類の匂いが、色々混じってんだろうな。オエッ。


 人間達の楽しい一日の始まりを邪魔したということに、特に罪悪感は感じない。いや、感じていた時代もあった。破壊に、暴力。だがそれは、いつでもこちらだけが、一方的に与えるものでは無かった。


 生存競争。それはオレが生まれた場所では特に顕著だった。魔人だからとか、人間だからとかじゃない。誰しもが一族の……もっと細かく言えば家族の。更に細かく言うなら、自分の為に力を振るって生きている。


 自らが生きるために、他者に殺されないために力を振るうことに、オレは躊躇ためらいを感じない。それはベルナタで生活するようになってからも同様。


 安定した居住空間と心にゆとりを持った人々と接するようになっても、オレが自分の居場所として選んだのは……国家を支える柱の一つ、戦闘を生業とする騎士団だった。


 オレは騎士としてのモラル……正々堂々なんて精神を、頑なに守りたいとは思っちゃいない。ただ、魔王様の役に立ちたい。……それだけだ。


 力を振りかざすことしか能のない、こんなオレにでもできることがあるならば。

 なんだってやってやる。


 ――駒に過ぎないオレに、敵を殺す際に余計な感傷は必要ない。


 床に転がる木片を踏み砕く。露店の柱か何かだったのだろうか。足元に転がる果実も特に避けもせず、ぶつかるに任せる。それは勢いよく転がっていき、見えなくなった。


 だだっ広い空間に、並んだ店、その陳列された商品たちによって、この空間は区切られていた。オレが今いちいち散乱するものを避けようとせず足蹴にしているように、ナイドもまた合間を縫って歩くことを諦めたのだろう、全てを蹂躙する勢いで、露店を潰しながら侵攻したことが察せられた。


 途中、野菜や果物を並べてある棚が無事だったので、その中にあるバナナを一束拝借。床に落ちていないとはラッキーじゃねーか。こいつはきっと、オレに食べられるために生まれてきたんだな。


 左手で束を抱え、右手で一本を千切ると、それに頭からかじり付く。


 ああ、これ。バナナって皮は食えないやつだった。「ぺっ」床に皮だけを吐き捨てる。


 前歯で右手に残ったバナナの皮部分を噛んで、右手をそのまま持ち上げることでペリペリ~っと皮を剥いていく。

 メキ。ミシ。ガサ。パキ。様々なものを踏んづけて歩くと、それに伴い音が鳴る。その中に、自分が立てたとは思えない音が混じっていたと感じる。


 感覚を研ぎ澄ませる。

 背後から、……さっきの赤ロン毛かな? 何者かが迫っていることが感じられた。


 包帯で隠されているため、相手には見えようもないのだが……ニタリと笑みを貼り付けて、再び相手をプレッシャーで動けなくしてから“狩ろう”と思い、オレは振り返ろうと――、


 ――背中へと、焦げ付くような熱さが走る。


「――フゥゥゥゥゥゥッ!?」


 思わず、驚愕の吐息が漏れる。前方に向けてはじき出されたオレの身体は、木の柵に囲まれた露店に突っ込んで止まった。


 ――なんだと。


 いつの間に。

 速過ぎるだろ、移動。


 オレは……お前がこの大部屋に足を掛けた瞬間、気づいたはずなのに。

 それなのに、先に斬られたのか。


 背中に手をやると、マントは千切れて半分が無くなり、起き上がろうとした時に……更に割れた木に引っ掛かったのかビリビリという音をたてる。あと、バナナどっかいった……この際それはどうでもいい!


 結構、バッサリいかれたらしいな。裂けた部分の周り、包帯を染めていく濡れた感触に、オレは戦慄する。もしかして、ナメすぎてたか?

 別に包帯巻いてるからって、怪我していい訳じゃねーしな。というか斬られたところの包帯も当然裂けるし。


 舌打ちして、“分裂細胞”を背中の傷に回す。その分攻撃の手立ては減るが、まーそこは仕方ねー。少しでも回復の時間を稼ぐべきだ……。そう思い、後ろ向きに露店から飛び出す。奴がきた方向とは逆だ。


 ちっとばかし距離を取って、向かい合う形となった相手を……まじまじと観察する。


 ――なんだコイツ、背中から翼が生えてやがるぞ?


 黒い煙のような……いや、前書きはいい。背中から黒翼こくよくとやらをガンガン放出しているそいつは、オレを切り裂いたであろう、右手に纏わせていた黒い煙を霧散させる。赤い髪を前側にだらりと垂らしていて、その表情は読めない。


「テメェそれ……つまり吸血鬼じゃねーかよ」


 驚きつつも、オレがそいつの種族を言い当てる。言い当てたハズだ。ピタリと完全に。だってのに、吸血鬼はそれに対して何の感慨も抱いた様子は無く、ただふらふらと左右に揺れている。


「……正気を失ってんのか?」


 こういう、不安定になってるというか、振りきれている状態の野郎はヤバい。

 なんとなく、危険な香りがする。何をしでかすか解らない。そう感じる。


「……ナ」

「あン?」


 声が小せーよ。だが、次の展開は予想できていた。

 あまりにも、ありきたりすぎるから。


「…………イオナを…………返せ」


 その言葉に力は無かったが、吸血鬼はその場から掻き消えて、オレの真横へと出現する。ひとっ飛びで来たのだ。いや、ひとっ跳びか? 翼が生えてるし、どちらでも正解だろう。


 ――解ってんだよ。


 キレちまってんだろ?


 友達だったのか知り合いだったのか、はたまた好きな相手だったのかなんて知らねーけど……とにかく目の前で少女を殺されて、頭がおかしくなっちまってんだろ。


 悲しいほど、解るぜ。

 だが、だ。


「返せるモンじゃねーんだよ、」


 悪いとは思うが、ここで相手に同情して動きが鈍るような性格なら、そもそもこんな生き方シゴトしてねー。


「――命ってモンはなァ!!」


 オレの目を潰すように突き出された左手を躱し……どれ、カウンターでも入れてやるかとその手を掴んで、指を折ろうとした瞬間。オレの身体は宙を舞っている。横から叩きつけられたキックによる衝撃だ。


 ――やっべー、こいつ力半端じゃねー。


 着地地点を眼で確認し、受け身の算段を考えていると、自分の身体に影が差したことに――踏みつぶすように蹴りを叩き込まれながら気づいた。空中で。


 ぐおげぅっ……なんだ、それ。


 ぶっ飛んだオレをその翼で追いかけて、叩き落としながら踏みつけたって言うのか。段違いのスピードだ。さすが、人間じゃねーだけはある。


 ギリギリと歯をかみしめながらオレの腹に穴を空けようとでもいうのか、凶暴な唸り声を上げる吸血鬼。「亜亜アア亜亜亜亜亜亜」じゃねーんだよ。共通語で喋れボケ。


 そんな風に余裕をぶっこいて思考していられるのも、未だ隠していた力のおかげだ。だが、延々と踏みつけられている訳にもいくまい。いや、思考は一瞬だった。むしろ、オレの反撃は迅速。


 腹を押しつぶされながらも、両手をそいつの胴体へと伸ばす。届くはずもないオレの両手を、警戒しないのか?


 バカめ。魔法持ちの魔人が自分だけだと思うな。


 ――右の“シザー”と、左の“スピアー”を開放する。


 瞬間、右手に切れ込みが走り、それが真っ二つに割れる。傍から見れば相当グロい光景だろうが、生憎鮮血は吹き出ない。それはあっという間に姿かたちをぐにゃりと変え、ザリガニの大バサミのような、お気に入りの形に。


 また、左手は柔らかくうねりながら肘あたりまで、球体を形作る。その形状は〇・五秒にも満たないほどの刹那のうちに終わりを告げる。球体の内側から飛び出してきたぶっとい針が、奴を貫かんと迫る。


 何人がこの奥の手に驚愕するまでも無く……もしくは驚愕しながら逝ったことか。


 ――さあ、お前はどうする。どうなる、何を見せてくれる?


 踏みにじられている格好でありながらも、オレは今、嗜虐的な笑みを浮かべているんだろう。


 吸血鬼は、果たして、――――それを無視していた。


 オレのシザーが奴の右足に噛みつき、スピアーは胴体のど真ん中を貫いた。奴の身体が振動する。それは決して軽傷といえるものではなく、冷静な状態であれば痛みに絶叫してしかるべき……だが。


 ……今の赤ロン毛に、それは当てはまらなかったらしい。

 それによって何らその行動に変化は見られず、両手でを練り上げる。


 ――ははっ、そう来るかよ!


 巨大な力に押しつぶされるその瞬間まで、オレは高揚感を失うことは無かった。

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