第39話 お嬢
◆ベルナティエル魔国連合の姫君◆
――私は頭がいい。
いきなり傲岸無知を彷彿とさせる語りから入ってしまって申し訳ないのだが、ここで言う“頭の良さ”とは基礎学力のことではない。
自分は理性的な判断ができる人間だと思う、ということだ。そう、人間。
ルナ・グラシリウス城とベルナティエル城下町で育つ子供は、そういう教育を受ける。人間と魔人などという垣根を廃し、手を取り合って生きていくべきだという思想の元。
私個人としてはそうした考え方は大層立派だと思うが、その反面、理想が過ぎるとも思う。道徳だけで世界は回らないから。本土の魔貴族たちには「人間とは悪である、決して相いれない存在なのだ」と、子供たちへ反人間教育を施す者も未だ存在する訳で。
魔王様が推し進める平和への道は、都からかけ離れた未開拓の地に住むような、本来まだまだ原始的な生活を続けていくはずの種族たちのことも“平等”の名のもとに、平和のルールに縛り付けることになる。
未発達の文明に干渉することは、私としては幼子に火器を使わせることに近いように思える。
それに、未発達の文明人が弱肉強食の理論に乗っ取って、我らが領土の住人に牙を向けた場合……結局のところ、最終的にはこちらも全力の武力で対応するしかなくなるのだろうし。必要に応じて、都合よく曲げられる道徳だよなぁと……。
……ノートにそこまで書いて、ふぅと一息つく。
「お嬢様。それを書いていてスッキリされるのですか?」
後ろから声を掛けてきたのは、執事のツヴァイク。モーニングコートを着て、背筋をピシッとさせている、四十過ぎのオジサマだ。年齢の割には白髪が目立たない。
「頭がいいから、無駄なことはしないわ」
「では、せっかくなのでもう少し丁寧な言葉で書きましょう。文学賞でも狙われた方が、将来のためになるかと」
ツヴァイクは私の何らかの才能をいつも開花させようとしている節がある。生憎だけど、頑張りすぎるのは好きじゃない。
「いいの。どこかに提出するために全力で書いてたら、ストレス解消にならないもの」
「左様ですか」
さして残念そうでもない。慣れているのだ。私にすげなく断られることに。
「それにしても、遅いわね。約束の日だと言うのに。……ヴェルゼを呼んでくれる?」
「……いえ、それが……ですね」
紅茶のカップを手にツヴァイクに要請すると、しかし彼にしては珍しく、歯切れの悪い調子で応えた。
「……なにかあったの?」
そこでようやく私は、知己の少年を含めたその周りの人物たちがこぞって姿を消していたことに、遅ればせながら気づいた。
――せめてあと二日早ければ、と。後の時代になっても……悔やみ続けている。
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