第30話 対話(物理)
「あっレンドウ」
……あっレンドウじゃねええええええええよ!! なにくつろいでんだよレイス!!
――ハァ。
どうやらここはこのコロニーの玄関……いや、ロビーにあたる場所のようだな?
四角く切り取られたような空間(二十メートル四方? それよりかはもうちょっと狭いだろうか?)。の四隅には松明が灯っているが、明かりはそればかりではない。左を向けば、壁際中央に寄せてあるなんらかの亜人の像(これを信仰しているのか、ここの人たちは)があるのだが、その高く突き上げられた右手にはゴブレットが握られていて、そこにも炎が踊っていた。こちらは青い炎だ。青い炎ってめちゃめちゃ温度高いんだったっけ。そもそも炎の温度とかよく知らねェけど。
なんか角が生えてるなぁ。いや、その像もだが、その手前に座ってリラックスしてる野郎も。
「……よォ、レイス。随分楽しそうじゃねーか」
誰の許しも得ていないが、入り口で辺りを見渡しているアランから離れ、
レイスはと言えば、
「実際、楽しいからね!」と朗らかに笑いやがった。ちっ。
一切心配しなくてよかった。
ほんっと、心配しなくてよかったぜ!
こいつが腰かけているのはどこから奪ってきたものか、質の良さそうな赤いソファ。どうせまともな手段で手に入れた品では無いだろうと決めつけちまうのは、ここの住人たちにとって悪いか?
まァ別に、悪人だから裁くという訳でもないし、正直どうでもいいけどな。
一方、レイスと向かい合って話していたらしい人物が座るは、ゴツゴツとした石造りの椅子。これ百パーセント原産地ここだろ……。一足先に部屋に足を踏み入れていたエトは、その人物に傍らに立ち、何事かを耳に入れていた。まぁ、俺についての軽い紹介とかだろう。できればいい印象持たせてやってくれ。
多分、エトが説明している相手が族長なんじゃないのか?
エトの話が終わるまで、周囲を観察して過ごすことにする。
……したいのだが、
「レンドウ、ここに来る途中にエーテル流ってやつ見た? 凄くない? 知らなかったよねあんなの」
――邪魔するなよレイス。おしゃべり大好きか。「ん、ああ」とか適当に相槌を打っておく。
俺が入ってきた入口の向かいにも扉があり、微かに開いたそこから数人の子供たちが顔を覗かせているのが見えた。侵入者が気になるのか。エトやアランよりも更に幼い子供たちだ。人間であれば初等教育を受け始めるくらいじゃないか。俺たちが危ない連中だったらどうするんだよ。こういうちっこい子供たちを人質にとる悪役いるじゃん? そういうの警戒しようぜ。物語中盤まで猛威を振るってた主人公のお師匠様ポジの人が、たいてい人質取られて負けちゃうじゃんか。小説とかだとさァ。
それ以外には、隅っこの石のでっぱり(そう表現するしかない)に座るじいさんが一人。その傍らには女……なに、あの頭の上の黒いピョンは。何ピョンだよ。あれも耳なのか? もしかしてバニーさんなのか。うさぴょん? ええと、どうやら、うさぎのお姉さんらしい。服装に露出は全くないけど。
あれがカーリー姉さんとやらだったりするのか。黒ウサギ。てか、目元きっつ。睨まれている気さえする。ウサギちゃん目ェ怖ッ。
まぁカーリー姉さん(?)は置いといて、じいさんそれ体によくないよ、そんな座ってるともいえない壁にケツ押し付けてバランスとってるに近い状態なんか止めて、もっと良い別の場所にだな……と言いたいのはやまやまだが、どうにも“もっと良い別の場所”が見当たらないのだ。
レイスは見るからに歓迎されている風だが、お客様に座ってもらう以外の椅子のグレードダウン感が半端なさ過ぎて、ここの住人が貧困に喘いでいることは容易に推察できた。やっぱり、やむを得ず悪いことして生計立ててるんだろうな。こういう魔人たちにも、まともな働き口が与えられればいいんだろうが……。
どんなに苦しい状態でも、客人を優先しちゃうその精神は素晴らしいと思う。俺にもそういう対応してくれるんだよな? ……なんか、一部の魔人には睨まれてる気すらしてるけど。それともやっぱり、レイスみたいに物腰柔らかナヨナヨマンは誰からも受け入れられやすいのか。無害と言うかなんというか。いいねぇ全く顔のイイ奴ァ。魔人生得だね。ちっ。
「もし、そこの少年や」
俺の中でほぼ族長に確定しかけている人物に話しかけられた。
ようやく俺のターンって訳だな。
「あァ、なんだ?」
レイスがため息とともにガクッと項垂れるのが見えた。なんでだよ。
……ああ、そうか! 丁寧語を使うべきだったな。付け焼き刃すぎて、まだ咄嗟に出てこないんだよ。
全身に白髪が進行していくのか、それとも元から全身そういう体色だったのかは分からないけど、族長は白ウサギのようだった。
背丈の小さい、腰の曲がった人物。垂れ下がった長い眉毛のせいで目元は見えない。声の感じからして、女性だと思った。老女の族長か。そいつは俺の横暴な口調には特になんの反応も示さず、話を続ける。
「あたしがここのまとめ役さね。……すまないが、お前さんが吸血鬼……というのはにわかに信じがたくてねぇ。どうか……穏便に、それをオババに証明してみせてくれることはできないかね?」
なんだ、そんなことか。オババのたっての頼みとあらば仕方ねェ。オババって響きいいな。
俺は人間社会にいる間は自分の好きにアレを使える機会が無いから、定期的に出しておきたいところではあるんだ。健康チェック的な面も含めて。
「できますよ」
とってつけたようだが、一応丁寧語で対応する。オババは少し意外そうに顔を上げた。
言いたいことは分かる。俺が無知で無礼なガキだと思ってたから、意外なんだろう?
実際、その印象で間違ってないと思うが。
暗い部屋だから分かりづらいかも知れないが、マルクの研究室では奴を驚かせすぎた。背中で爆発させたのがいけなかったのだ。俺は反省を次に活かせる男だということを証明するべく、その場にしゃがみ、包むような形で差し出した両手をオババに見せつける。
そして、手のひらの中に
こういう出し方をすることは滅多にないが、意外といけるもんだ。不慣れな掌からだとあんまり強力な放出ができないことに、今ばかりは感謝してもいいとすら思える。身体に傷を負っていたり、生命の危機に瀕している時だと加減が効かなくなるというか、全身のどっからでも吹き出しちゃうみたいなんだけど。つっても、俺もそこまで自分の力に詳しいわけじゃない。
――だって戦いの中で生きてきた訳じゃないし。吸血鬼の子供なんて皆大人たちに監督され続けた、生まれながらにしての引き籠りだし。
相手に警戒心を抱かせない意味も込めて、掌で包むように自分の方へ向けて緋翼を出してるワケだけど、ぶっちゃけこんなんで相手を傷つける心配しなくていいんだろうけどな。重要なのは物質の重量でも硬度でもない。それを振るうものの腕力だと思う。自分で触ってみていくら柔らかい枕だって、ムキムキマッチョメンが叩きつけてきたら痛いだろ。
果たしてオババは、
「これは信じるしかないようだねぇ」
と言ったのだが、ん? これを見ただけで吸血鬼だってすんなり信じられるって……どういうことよ。もしかして見覚えアリな感じ? この力、人間達には全然知れ渡ってないみたいだったけど……。
「――信用できない」
俺のその考えは当たっていたらしく、これで一安心とはいかないらしい。後ろから恨みのこもった声が響いてきた。カーリー姉さん……とやらだろうか。
振り返らず、それに答えよう。
「どっちかっていうと、俺の方がそっちを恨む理由あってもよさそうなもんなんだけどな……」
不思議だ。姿を見るまでもなく気絶させられると、当の相手を憎むのって難しくなるんだな。
やばっ、振り返らずに答えるのめっちゃかっこよくね?
ハマりそうだわ。
未だ完全に卒業しきれていない少年の心を喜ばせていると、冷や水のような言葉が俺に叩きつけられることになる。
「あなたが吸血鬼だなんて、たったそれだけの手品じゃ信じられないし、仮に本当に吸血鬼だとしたら……危険すぎて、ここに居座られるわけにはいかない」
――どうしろってんだよ。どっちにしろ気に食わないのかよ。
つか、手品ごときだと思われてんのかよ。
「これ、やめんかカーリー!」
オババが諌める。やっぱりあいつがカーリー姉さんで当たってたんだな。
見れば、黒ウサギは俺に向けて曲げた両手を前に構え斜めに立ち、なんというか、既に臨戦態勢に見える。
扉の向こうでちびっこたちはハラハラしている。エトはオババを壁際まで下がらせたい様子。オババがカーリーを止められるとは思えない、とでも言いたげな行動だが。
……えっと、止められないとどうなるんですかね?
その疑問の答えは、宙を切り裂く風となって俺に迫りくる。
「姉さん!」
アランの声は、カーリーが立っていた場所を虚しく素通りした。彼女の姿はもうそこにはない。
――なるほど、早い。電撃のように、と表現されても差支えない勢いで、自分の身体を上手く使った跳躍を見せたカーリー。四足歩行をしているワケじゃないのでこうう表現もどうかと思うが、いい後ろ足をしているんだろうな。
あわわわとか意味のない音を泡のように吐き出しているレイスの頭のすぐ後ろ、ソファの背を踏んづけてもう一度跳躍した黒ウサギ。一息で俺のとこまでは来ないのね。勢いをつけなおしたということか。
――でもよ、
「奇襲じゃなきゃいくらでも目で追えるぜ」
頭から突っ込んでくる体勢となった黒ウサギ。その拳を躱し、腕を取って関節を
そうじゃないだろ! せっかく相手のことが良く見えていて、対処法も複数思いつける精神状態だというのに、わざわざ相手を痛めつける必要などどうしてあるだろうか。いや、ない。
――俺に嗜虐趣味は無いんだ。
跳び
そこからひょいっと顔を出して、相手の様子をうかがう。お前だって考えなしに突撃して、固い地面に激突したばかりなんだ。しばらく動きたくないだろうし、次はこの椅子にぶつかるのも嫌だろう?
と思ったのだが、カーリーはどうやってか……その体の柔軟性を駆使してのものなのか、苦痛の色は一切無い。頭から飛びかかって来たのに、なんだそれ。まるで跳び膝蹴り使ったのに自分はダメージ受けてないみたいな……。どんなとくせいだよ。
俺も受けたいね、プロが教える受け身学、みたいなのがあんならさ。先生はどうせネコとかだろ。ネコでもわかる……だからそれ系が俺には分かんねェんだって!
「あんたみたいな雑魚が吸血鬼な訳ない、って思ったけど……」
カーリーは口元を拭いながら言う。
……別に口怪我してなくね? よだれでも拭いてんの?
それより、
「雑魚とは失礼だなオイ! おまえせこいんだよいきなりとかさァ!」
言い返すと、うげ。更にカーリーは目を細め、より攻撃的な顔つきになった。口からフシュー! とか音出ちゃってる。
「――レンドウ、彼女はまだ喋り続けるつもりだったんだよ! 人が喋ってるのを途中で遮るのはよくないよっ!」
今は戦闘中だってのに、レイスの小言が飛んでくる。
「本当に、それ」
カーリーはレイスに同意し、……は?
いつの間にやら人影が俺を見下ろしていたかと思うと、振り下ろされる踵。その靴に何か仕込まれている気がした俺は、「うごぱぁッ!?」死ぬ気でその場から離脱する。舌打ちが聴こえた。何かが仕込まれている靴ってワードだけで、少しトラウマになってるんだよね。主に
あいつ、俺が隠れていた椅子の上に乗っていた。いつの間に。怖っ。マジ怖ッ。
最初の一手は小手調べ、まだ本気じゃなかったんだ。恐らく、あいつの武器は強靭な足腰による跳躍力。蹴り技を決まり手にしようとしてくる。
次は奇襲されたくない。少しでも話し合いの余地を残したいから、俺からは攻撃を仕掛けるべきじゃない。というか、周りがカーリーを止めてくれるのを待ちたい。それが一番ベストな気がする。
最も安全なのは……壁に背中を付けることじゃないか? そう考えるや否や、バックステップすること数回。イデェ! それなりの衝撃を背中に受けることになったが、まァ仕方ない。
掌を前に突き出し、軽く指を開く……何の構えなんだこれ。自分でもよく分かんないけど、近づいてきたらこの手でお前を捕まえるぞ! そういう意思表示をしたつもりだ。そういう構え。
「姉さん、その人は敵じゃない! 信用できる人なんだって!」
カーリーの背後からエトが叫んで俺を擁護してくれる。そうだそうだ、もっと言ってやれ!
それでも、こいつは止まらない。
「他人の納得で、私は納得しない……!!」
――お、おお。
柄にもなく、素で感心してしまう。良い言葉だな。確かに言われてみればそうだわ……流されない心も大切かもしれないよな。
でも、いい加減にしろよ。
「じゃあどうやったらオマエは納得すんだよ」
一直線に蹴りを放ってきたカーリーの足の勢いを両手で掴んで無理やり殺し、問い掛ける。彼女の顔に朱が差し、平手が俺の左頬に飛ぶ。視界が七十度ほど右回転する。そりゃまァ、若い女が足を掴まれて喜ぶとは思わないけどさァ。
「――放せっ!」
帰ってきた右手が、今度は俺の右頬を叩いた。
こんッのアマァ……。
――キレちまったぜ。
キレちまうと、どうなるか。
彼女の
背中を床に打ちつけ、苦悶の表情を浮かべたカーリーに馬乗りになって、左手で彼女の襟元を抑え、右手を振り上げる。
「――レンドウだめっ!!」
雷のようなレイスの声。
――あのなぁ。ちっとは俺を信用しろよ。いや、絵面は確かにDV男みたいかもしれないけどさァ……。
――これはキレたフリだよ。
「放せ、この、変……態……!!」
その不名誉な言葉に我を忘れた訳でもない。俺は最初から決めていた通りの標的へと、その拳を振り下ろした。
「カーリー!」
「姉さん!」
「待って!」
「ひっ……」
結果、ようやくカーリーが見せた恐怖の表情に、わずかに持ち上がっていた俺の溜飲は下がった。
「……乱暴な手でスマン。こんな暴力で信頼を勝ち取るってのも虫のイイ話に感じるかもしれないけど、とりあえず頭を冷やしてくれよ」
彼女の頭二つ分程ずらした先の地面を、俺の拳は穿っていた。拳と言うか、そんな自分の身体の一部を痛めたくないし、手の先から出せるだけ放出した緋翼も合わせての成果だが。一応、衝撃には頑張って指向性を持たせたというか、彼女に飛び散った床の破片が当たらないように気を付けた。それでも、見た目的に耳のいい種族なんだとしたら、床が破壊される音は鼓膜には痛かったかもしれないな。
――殺せるけど、殺さない。いたぶれるけど、いたぶらない。
……そんなことが、どれほどの信頼へ繋がろうか。きっと大したことない。俺が本当に求めていたのはこんな関係じゃない。
もっとうまくやれる奴もいるんじゃないかと思う。
でも、今の俺にはこれしかできなかった。
もっといい方法、思いつくやついるか?
後でレイスに聞いてみるべきか。
「……大丈夫かよ……?」
相手を安心させるために無理に笑顔を作ってやることもできやしない。いや、俺がここで無理な笑顔を作ったりしても、余計不安を煽る結果に終わるだろうから、できなくていいんだけどさ。
返答は無かった。いや、あったのか。ただそれは言葉ではなく、彼女の掌だった。
「――ね、眠って!」
俺の額に当てられた彼女の掌から恐怖の感情と、何らかの力を感じた。
震えているのか……この人は。俺のせいで。
ああ、もっと上手に生きたい……。
後悔。
……それらを感じ続ける暇は与えられず、俺の意識は再び微睡みの中へと、急速に落ちていった。
そうか、これが、眠りの……魔法……。
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