第26話 俺とゲイル?
体感で三十分ほど歩いただろうか。いや、もっと長かったような気もする。
一時間も二時間も歩いたような、時間の感覚を狂わせる何かがあった。
けれども、倦怠感は不思議と無い。もしかすると、それこそが時間の感覚を失う理由なのか? 分からないが、とにかく歩いた。
川は上流に向かうにつれ段々と細く、流れが強くなっていく。水音も段々と増してきて、優れた聴覚を持った俺には少し耳障り。
そんな折、視界に入ったのは……小さな
……社?
一体何を祭っているというのか。ともすればただの小屋にも見えそうなそれを俺が厳かなものだと見なした理由は、向こうに鳥居が見えたからだ。もっとも、鳥が居着くと書くには少々、風体がこじんまりしすぎている気もするが。
ここは未開の地ではなく、どこかの部族のテリトリーなのか? この社は、その部族が崇めるシンを祭ったものなのだろうか。
――シン。
広義では“魔人が自らの種族を守るために庇護を求めた、強大な存在”ということらしいが……正直、あまり馴染みが無い文化なんだよな。だって、俺たち吸血鬼にはそんなもんはいないから。
川に背を向けるようにして建つ小屋の、真正面へと回ってみることにする。大きな岩や木の根っこを踏みしめ、土壌がしっかりしているか、ずり落ちないか注意しつつ進むと……遠くからでも分かっていたことだったが、鳥居は一つではなかった。
小中大と三つの鳥居が並んで、「どうぞ順番にお潜り下さい」とでも言わんばかりに口を開けている。そういう風に見えた。
「別に入りたくならねェけどな……」
よく分かりもしないシンにあやかる必要性も感じないぜ。
とは言っても、人間は(人種にもよるだろうが)往々にして起源の分からぬ何かをも信仰する、つまりシンとすることもあるらしい。とりあえず祈っとけ的な? それは果たして、不敬には値しないのだろうかね。
それより、鳥居奥の本殿(重ねて言うがこちらも小さい小屋レベル)へと目を凝らす。……特筆すべき点が何もないのだが。その辺の岩を並べて、その辺の木から切りだした木材を平らに整えて接合し、その辺の景色にいい感じにマッチした建物に仕上がってると思う。……それだけ。家の作り方とか、そういうの詳しくないからなんとも語れないんだけどさ。
あーでも、しいて言うなら……その辺の素材を使ってるってのはいいことなんじゃないか。プラス査定だ。だって、どこか遠くの立派な建材で縁もゆかりもない砦を建造するよりは……身近なところにある、この土地のエネルギーに満ちた素材で作った方が、あれだ、馴染みがあっていいだろう。知らんけど。
そんなことを考えていると、上の方から声がかかった。
「よっ、レンドウ。こんなところで何してるんだ?」
その声を聴いた瞬間、俺の頭に沢山の疑問が浮かんで、そして弾けた。
考えることがどうでもよくなって、直情的になった、というか。
小さな建物の屋根の上に、いつの間にか青年が立っている。
「あー……ゲイル? おまえこそ――――いや――」
俺が事の真相にたどり着いて、そいつに返事をすることを後回しにしてもいいと判断、辺りを改めて見渡していると、そいつは次の瞬間、俺の目の前にいた。ワープしてきていた。いや、正確には建物の屋根から飛び降りたというプロセスを踏んだ体なんだろうけど、そんなの、さして重要じゃないだろう?
何故なら……、
「――ここは夢の中なんだろうからさァ……」
げんなりしつつ、そいつの顔を見上げる。今年で成人を迎える予定の、俺の兄貴分。肩くらいまで伸ばした髪は真ん中で分けられていて、俺と違ってその顔をしっかりと世界に晒している。イラつくくらいに端正な顔立ちは、例え夢の中だろうと完全再現。
薄紫色の着物の上に、白の羽織がゆったりとした印象を与える。飾り気の少ない眼鏡もまた、それを後押ししている。大人の余裕ってかんじ。いけ好かないねー。
「おまえ、元気無さそうだな。人間社会は辛いことが多いのか?」
ゲイルが気さくに話しかけてくる。俺はこれが夢の中だろうと確信しているのに、一向に覚めないもんだから、しぶしぶ返答するしかなくなる。
「べ・つ・に。成人する前に外の世界を堪能できてるから、まぁ、多少イヤなことがってもトントンだろ」
それは本心だ。というか、夢の中で何を偽ることがあろうか。これは本格的に絶対に、誰に見られてる訳でもない状況の究極系だ。
「人間の中で暮らすようになって、変わったことはあるか?」
「まァ……意外と、生きていけてるわ。血液を摂取するよりも固形食の割合がとんでもなく増えたから、トイレの回数が増えて大変だけど。急激に食生活が変わったせいで、後々なんか悪影響出そうで怖いかな……」
「友達はできたか?」
「全ッ然。信頼するのも、信頼されるのも実感が無ェ。今まで人間をそういう視線で見たことが無かったから……あ、つーか、ここは夢の中で、お前は俺の深層心理が作り出した存在な訳だから、いまゲイルと会話しても全部俺の独り言ってことか? もしかして」
問うと、ゲイルは頷いた。うげー!
「確かにそうかも。でも、たまにはいいんじゃないか? 自分と会話する、自問自答するってのも。考えを纏めるのにはいいと思うし、それに俺の姿かたちを当てはめて使うことで少しでも恥ずかしさが紛れるなら、存分に使ってくれよ」
「いや、だったら俺そっくりの奴が出てきてレンドウ×二で会話した方がマシなんだが……」
「それどこのラノベ?」
夢の中でゲイルに突っ込まれてしまった。いや、そもそもこれも俺の一部なのか。ううむ。
余計なことを考える前に、さっさと目覚めてしまいたい気分だぞ。
「じゃあ、どっかで見たことあるような景色ばかりだったのも、ここが夢だからだったんだな」
「そうだろうな。レンドウが生きてきた中で得る景色の情報源って大分限られるよな。やっぱ大人たちが選んで与えた本だったり絵だったりから生成されたもんなんだろう。最近見た覚えがないならだけど」
原っぱや川、天を突くように一本だけ生えたモミ。それらにも何かしらの意味があるってことか。
ふと、脳裏に「一本槍」というフレーズが浮かんだが……なんだろう?
「それに、この社も、三つの鳥居もな」
いやおまえ、ナチュラルに心の声に返事してんじゃねェよ!
「いいじゃん、口が動いてるかどうかなんて、些細な問題だろ。どうせ現実じゃぐっすりなんだし」
呆れ果てるわ……例え夢だとしても、最初は守ってたんだし最後まで現実に従う姿勢を貫こうぜ?
「これってただの睡眠なのか? ここまで頑なに目覚められない明晰夢とか初めてなんだけど」
「それは俺に訊かれてもなぁ。でも、これは夢だ! って気付けたにも関わらず、これだけ長時間目が覚めないってのはやっぱり変だなとは思う」
だよな。明晰夢に遭遇するのはこれが初めてじゃないけど、大抵夢だと気づいたすぐ後には覚めちまうもんだ。それを楽しむ暇なんて与えられない。
というか、これだけ長時間明晰夢の中にいて思ったんだが、ちっとも楽しくない。夢は、夢と気づけない間が華なのだ。
「むしろ、このまま夢から覚められないんじゃないかって思うと、怖くなる」
「お前、夢の中だと素直なのな。現実じゃ怖いものなしのフリして強がってるのに」
「うるせェな。テメーこそ、もうすぐ二十歳だからって急に大人ぶり出しやがって。ちょっと前まで失恋に泣いてたくせによ」
「恋もしたことないクソガキに言われたくないねー!!」
売り言葉に買い言葉で色々と言ってしまっているが、ゲイルの失恋をネタにするのは、現実では出来ないことだろう。なんせ、ゲイルが振られた相手は俺の……。
――ハァ、ハァ。
しばらく俺と、ゲイルの姿をした俺が口論するという、とてつもなく非生産的な行為が繰り広げられていたが、そこに差し込んだ一筋の光があった。
「――……ドウ……――レ……ウさん――!!」
それは、天から木々の間を、そして水音を切り裂くように、空から降ってくるような声だった。透き通った響きの、少女の声。随分と切羽詰っているようだが。
「これ、リバイアさんじゃね?」
「ゲイルの口から知らないはずの人の名前が出るの、すっげー違和感あるんだけど……」
「今更何を言ってんだ。まぁなんだ。外から叩かれれば、さすがの寝坊助も起きられるんじゃないか? 目覚めたらレイスさんにもよろしくな」
「いや、何をよろしくだよ」
問うと、ゲイルはニカッと笑った。歯ァ白いな。しかもよく尖った犬歯だ。羨ましい。
「俺はゲイル。レンドウの……そうだな、ブリーダー兼兄貴分だって、伝えとくようによろしく! ……弟よ!」
「テメェなァ……」
失礼なことをべらべらと……再度食って掛かりたかった俺だが、ついに夢から覚める時が来たようだ。はてさて、ここでの出来事を覚えていることはできるのやら。
――そうして、俺の意識はようやく覚醒の時を迎えた。
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