第3話 雑用

「……あー、お前が手伝ってくれてほんっと助かるわ」


 金髪少年……本代もとしろダクトは使えない左手をぶらぶらさせながら、右手でずっしりと重たいダンボールの取っ手を掴む。穴を開けるようにして作られた取っ手はダクトが掴んでいる側のみに存在するのでは勿論なく、反対側の取っ手を掴むのは別の人間の手だ。


「いや、気にしないで。ぼくも丁度、研究室に行く用事があっただけだから」


 反対側の取っ手を持つ桃色の髪の少女はそう答え、それにしても重、と小さく零した。


 ここは≪ヴァリアー≫の本部の中、地下六階、物資の保管庫。

 彼らは地下二十階の研究所を目指して、重たいダンボールを運んでいる訳だが……。


「かーっ、こんな時ばっかりはエレベーターがクソ遠く感じるなぁコンチクショー」


 今のダクトにとっては重労働であった。


「っていうか、なんで怪我人のきみが手伝いを頼まれてるの?」

「そりゃ、あの人が容赦ねぇからだろ」


 あの人、とは研究所の主(チーフと呼ばれている)のことだ。


「……そうだね」


 もう五分ほど歩いただろうか。通路には他に誰もいない。≪ヴァリアー≫基地内部は通路も広く、造った人にはお疲れ様ですと言わざるを得ないほど手が込んでいるのだが、どうやらどの階にどの役割を持たせるのかは予め決めていた訳ではなさそうだ。


 無駄に広い。それがこの階、保管庫に来た者が抱く大方の印象であった。誰が何を言おうとこの広さは無駄なのだ。

 その限りない無駄さは、この広い保管庫に来る人間が少ないことからも裏付けられる。その証拠に、現在この階にいるのはダクトと少女だけだ。


≪ヴァリアー≫本部の地下は、この組織が発足する以前から存在したという噂もある。実際、今現在の技術では地下三階を超える建造物を新しく作れる国家は多くないだろう。傷一つない壁面は、この建物が太古の昔にロストテクノロジーを用いて造られたものであることの証左……なのかもしれない。


 無言で数分が過ぎる。その間にあったこと……二人が歩いていた、それだけである。


 ――正直、静かすぎて困るぜ。


 何か話さねぇとな。


 ここはダクトにそう思わせるだけの静けさを持つ特別な階なのかもしれない。ダクトは割とどこでもよく喋るが。


 だが、ダクトがそう力まなくても、少女は自分から話しかけてくれるタイプではあった。少なくともダクトと同程度には。


 ――あぶねぇ、同時に口を開くことになるとこだった。


「きみは、ぼくがいなかったらどうするつもりだったの?」


 ――そういえばこいつ僕っ子だったんだなー。


「え、何? もっかい言って……ごめん」

「いや、こんなに静かなのに聞こえないとか……」


 しょーもないことを考えていたせいで聴き逃しました……とは言えず、ダクトとしては下手に出るしかない。


「ご、ごめんてー。頼む! もっかい言ってくれ!」


 しょうがないなー、と言い、少女は繰り返す。


「ぼくがいなかったら、きみは一人でこれ運んでたの?」

「えー、あー……行けただろ。俺って超強いし」

「……あ、そう?」


 冷ややかな声とともに、少女は手を離した。途端に、ダクトのバランスが崩れる。


「おわぎゃあ!?」


 が、ダクトが崩れ落ちる前に、少女は再びダンボールを掴んでいた。


「ビックリさせやがるぜ……」


 少女はフン、と鼻を鳴らした。


「実はもやしのくせに調子に乗らないほうがいいよ?」

「むしろ、実は鍛え上げられた肉体がこの下に眠ってるんだが……?」


 ぐぎぎ……とダクトが歯ぎしりしていると、二人はようやくエレベーター前に到着する。


 一旦、二人はダンボールを床に置くことにした。


 ――お、上から誰か降りてくるな。


 乗せてもらうぜ、とダクトはエレベーターのボタンを押す。


「混んでたら嫌だね。これ、相当重いから重量オーバーになっちゃうかも」


 少女が、突然そんなことを言った。


「それはなくねぇか? だって俺達が持ててるくらいだし、よくあるエレベーターの基準で九人まで乗れるんだったら……この荷物もそんなに問題じゃねぇだろ?」

「うるさいなきみは」


 もしかしたら少女も、何かしら喋らなければいけないと思い、適当に発言しただけなのかもしれない。少女は顔を赤くしつつ、もう一度ダンボールから手を離すという暴挙に出た。


 ギャー。ダクトの悲鳴が響き渡る。


 暫くそんな茶番が続くかと思われたが、エレベーターが到着したことにより、二人は再びダンボールを持ちあげる。


 そうして乗り込もうとした二人は、開いたエレベーターの中を見て、


「痛ぁああああああああああああああたたたたたたたたたいたいいたいたいたたたたたたたったったたたたああああああああああああああ」


 今度こそ完全にダンボールを取り落とした。

 リバイアが、レイスをバシバシ警棒で叩いていた。


 ――ちょっとこのバイオレンス娘! 一体何に目覚めてんだぁ!?


「どういう状況だこれ!」


 リバイアっていつからかこんなキャラになってたのか! と思いながらダクトは止めにかかった。ダクトの後ろで少女が落としてしまったダンボールの前でオロオロしている。


「落ち着けって! おまっ」

「はぁーっ! はぁーっ……ぜぇ、ぜぇ……」


 ダクトが後ろから羽交い締めにして、ようやく引き剥がされたリバイア。レイスはいつものように申し訳なさそうにしゃがみこんで甘んじて相手の攻撃を受け続けていただけなのか、別に痛みにもだえていた訳ではなさそうだった。


 というか平気そうだ……肉体的には。レイスは青い顔で起き上がった。


「ガタガタ……ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガ」

「途中からタガタガになってる……」


 とエレベーターの外で少女が呟いた。それを合図にしたとでもいうように、エレベーターの扉が閉まり始めた。


「あ、わ、わわ」慌てた少女だが、ダンボールを持ちあげようとしていたために、間に合いそうにない。


「あだん!」


 変な声が出た。


 仕方なしに、ダクトがリバイアを拘束したまま、足を限界まで延ばして閉まりつつあるエレベーターの扉に挟んだのだ。


 扉はダクトの足に一定量の衝撃を与えると、再び開く。


「レイス、その荷物を中に入れてくれ!」


 ダクトがそう頼むと、レイスは「う、うん」と言って、エレベーターの中へダンボールをズズズと引きずった。それに続いて少女もエレベーターに乗り込む。


「じゃ、じゃあ、閉めていいね。きみ達は何階にいくの?」


 衝撃的な光景を目にしたばかりな為かどもりながら少女は言った。

 だが、どもってしまうのも仕方ないだろう。レイスとリバイアと言えば、このヴァリアーで最も有名な部署に努める者達である。


 その二人が庶民的(?)な行動をするだけでも周りは騒ぐというのだから、今回の事は少女にとって相当なショックのはずだ。


 ――俺だって、初めはレイスのこと信用してなかったしなぁ……。


 と、懐かしい回想に身を浸らせかけたダクトだが、それよりも、とかぶりを振って現実に意識を戻す。


「んで、お嬢さぁん、今日の喧嘩の原因はなんなんだい?」


 まだ自分は返事もらってないのに、と少女がダクトの背中を軽く睨んだが、ダクトは気付かない。


 落ちついてきたリバイアは「フゥー」と息を吐きだすと、


「地下二十階まで行きたいんです。……ダクトさん、レイスさんがまた他の女に……」


 ちゃんと質問してきた順に返答するあたり、リバイアは人間が出来ていた。魔人だが。


「二十階か。奇遇だね。ぼくたちもそこだよ」

「そうなんですか! あ、私、リバイアって言います!」

「知ってるよ……ぼくはミンクス。よろしく」


 楽しそうに自己紹介を始める少女達を眺めつつ、ダクトは考える。


 ――またレイスが浮気ねぇ。っていうかこの二人って別にそーゆー関係じゃねぇよな。ってかおうっわぁ。エレベーターのこのッうげぇ。下がる時の感覚さいっあく……嫌い。


「あの~……ダクト君?」


 レイスが遠慮がちに話しかけてきた。


「なんぞ?」

「その、僕が浮気したとか、信じてない……よね?」

「まぁ、そりゃあ。というか、どうせ浮気もなにもないんだろ」


 エレベーターの影響でクラクラしながら、ダクトは問うた。レイスはこくこくと頷いたので、やっぱりなとダクトは思った。


 レイスと色恋沙汰というものがどうにも結びつかない。こいつって……なんか俗世の物欲とかとは切り離されてる存在な気がするんだよな。あと誰とも付き合ってないからそもそも浮気という言葉自体成立しないだろうがと思わないでもないが、口に出してもリバイアが再び暴れる以外の未来は無さそうだし、触れないでおこう。


 ――リバイアは少し思い込みが激しいんだよな。純情すぎる少女ってとこか。


「んで、どこの誰との関係を疑われているわけだ」


 レイスはダクトの耳に口を寄せて……一言。


「それがね……ティス先生」

「ぶっ!」


 ダクトは吹き出した。


 ――よりにもよって、チーフかよ!


「あっはははははは! ねーよねぇよリバイア! 天地がひっくり返ってもこいつとあの女は無いわ!」


 ダクトが笑い飛ばすとリバイアも安心したのか、


「そ……そうですかね? もし違ったら……ダクトさん」


 と表情を明るく(?)した。


 ――レイスはヤンデレに好かれちまったのか。災難だな。うげぇっ吐きそう。あ、ヤンデレは別にいいんだけど。勿論エレベーターの方。


 地獄の時間も、いつかは別れを告げる時が来る。辛いことにも終わりはあるのだ。

 エレベーターが開く。

 レイスとミンクスがダンボールを持ってくれたので、ダクトとしては大助かりだ。

 というか全く仕事が残っていないのだが。

 二人のお陰でスムーズにエレベーターから出る。何人かがすれ違いにエレベーターに乗り込む。


 研究所は、典型的な研究所という感じだった。


 向かいの壁の清潔な白い壁紙……は爆発(何の実験に失敗したんだ。というか通路で実験すんな)した後のようなものがついているし、左右に伸びる通路の壁には、他の階には無い新作の発明品が陳列してある。


 ――基本は、電気……を使うものだったよな。


 四人は全員が同じ場所、チーフの待つ研究室へと向かうようだった。偶然ってすげー。


 エレベーターから降りて少し前に進み、突き当たったT字路を右へ。


 目的地まであとは真っ直ぐ延々と歩くだけだ……となったところで、ミンクスの懐で携帯端末が鳴った。


「出なくていいのか?」


 ダクトが促すと、「手が塞がってるのが見えない?」と辛口コメントを戴く事ができた。


「OKOK、俺がまた変わるよ」


 ダクトとレイスでダンボールを持つ事になった。


「私も手伝います!」


 言ったリバイアは勿論レイス側へ。


 ――俺は片腕しか使えないんだけどな。労わって欲しいんだけどな。


 ダクトは慰めて欲しくて期待の眼差しでミンクスの方を見た。


 ――っていねぇし。大分後ろだ。


 ミンクスは、通話の相手を見ると、皆の輪から静かに離れて、遠くで会話し始めた。


 ――ま、聞かれたくない会話ってあるよな。


 ダクトはそう思い、特に気に留めることはなかった。

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