「これってデートでしょ?」

 ああ、もう昼過ぎか……から始まる三連休二日目。俺はみゆりさんに連れられ、近くの大きな公園に来ていた。


 今日はここでスイーツ祭りとやらが開催されているようで、あたりは甘い香りや香ばしい匂いが漂っている。


 スタンプラリーの景品を貰うべく、子供さながらにはしゃぐみゆりさんは見ていて微笑ましい。


「私、甘いスイーツも好きなんだー」


「そうなんですね。意外です」


 カフェでコーヒーとカフェラテを頼むような人だから深みのあるダークチョコ系統の方が好きなんだと思っていた。まだ出会って三日目なのだから当たり前だけどみゆりさんのこと何にも知らないんだよな。


 そんなことを思いながら、入り口の出店にあったチュロスを頬張り、次のチェックポイントに向かう。


「あっ! あそこじゃない? 行こ行こ!」


 白いワンピースを翻しながら振り向いて、俺の腕を取る。袖から伸びるクリーム色の腕は天使の羽と見間違えるほどに美しい。


 スタンプを貰うと残りのチェックポイントは一つになった。大の大人がスタンプラリーとか、とは思ったがやってみるとこれまた楽しい。でも、わざわざ付き合ってくれているみゆりさんはどうなんだろう。


 彼女を見て改めて思う。俺は17歳でみゆりさんは25歳。8年もの差が俺たちにはある。きっと、恋愛的な面で見たら、上手くいくのは難しい。


 恋愛じゃなくたって、俺のことを子供としてしか見ていなくても不思議じゃない。不安に駆られてネガティブな声が漏れ出る。


「俺、大人と2人で遊ぶの初めてで、よく分からなくて、楽しくなかったらすいません」


「これってデートでしょ?」


 そう言って彼女は俺の手を握る。


「じゃあ、楽しくないわけないでしょうよ」


 チュロスを食べてもなお白い歯を光らせながら、ひひっと笑う。チラリと見える八重歯が小悪魔っぽくてイタズラ好きなみゆりさんによく似合う。


「それは……良かったです」


 見惚れながら返事をした。そうだよな。言い方は色々あるけどデートだもんな。みゆりさんとデートとか最高すぎる。


 自惚れた先でふと気になる。俺にとっては元カノの芽依花めいかを含めて2人目の相手なのだけど、みゆりさんはどうなのか。聞いてもいいのものか迷いつつも、俺は意を決して重い口を開いた。


「その、みゆりさんは何人ぐらいとデートしたことあるんですか?」


 さりげなしに聞いてみると、みゆりさんは悲しそうに眉を下げて、でも口元だけは笑って答えてくれた。


「いっぱい、かな……」


 彼女の悲壮感のある姿に悲しむことすら憚られる。きっと、高校生の俺なんかじゃ想像もできないようなを経験してきたんだ。


 驚くのも褒めるのも違う気がして、「そうですか」といつもの返事を返す。しばし、無言が二人を包むと、みゆりさんが口を開いた。


「私たちが会った日のことなんだけど、晴人くんのこと弱いって言ったよね。あれ、ごめんね」


 彼女は足を止める。


「私、人と関わるって、絶対に相手を傷つけることなんだと思うの。でも、優しすぎる晴人くんは弱いんじゃなくて、その覚悟がないだけなんだよ。きっと」


 傷つける覚悟。それは言ってしまえば、相手に自分の思いを伝える勇気のことなんだろう。別れ話にしたって、俺は何も言えなかった。


「そうなんですかね。でも、やっぱり俺は自分が弱いと思います」


 だって、気づけば悲観していて、負の想像が頭によぎっいて、最後にはみゆりさんに泣きつく。これが弱い以外のなんだっていうんだ。


 でも、だからってもう泣いたりしない。俺はとびっきりの笑顔を貼り付けて、みゆりさんに笑いかけた。それを見て、笑い返してくれる。


「あーもう、ごめんね、暗い感じになっちゃって。最後はあそこ!」


 彼女は繋いでいた手を恋人繋ぎに握り変えた。スベスベの二の腕が俺の腕に触れる。


 バックハグと言い、恋人繋ぎと言い、この人距離感バグってるよな……。ご褒美なんでありがたく頂戴しますけど。


 二の腕とチュロスを堪能し、スタンプをコンプリートして受け取ったカスタードパンを食べる。


「一口食べる?」


「同じ味ですよね」


「こっちは私の唾液付き」


「もうちょっといい言い方あったでしょ」


 笑いが溢れる。拒否権はないのか既にカスタードパンみゆりさんの唾液を添えて、が差し出されている。


 はむっとかぶりつくとトロトロのカスタードが口の中を埋め尽くした。パンの部分もふわふわでスイーツの一種。


「口にクリームついてるよ」


 みゆりさんの人差し指が俺の唇を撫でる。指についたカスタードを少し見つめた後、パクッと一口。本当に小動物みたいで可愛い。


 向かい合うと、開けた胸元に目がいく。もう初夏。みゆりさんの僅かに汗ばんだ鎖骨にツーッと透き通った雫が流れる。


 気を抜くと吸い込まれそうになる魅力。もう、自分の気持ちを伝えてもいいんじゃないだろうか。相手を傷つける覚悟って、そういうこと。


 好きって言葉にすれば、8歳差の距離は埋まるのかな。彼女へ好意を伝えれば、みゆりさんの隣を歩けるのかな。弱いままの俺でも、みゆりさんの全てになれるのかな。


「みゆりさっ––––––––」


––––プルルルル


 タイミング悪く、みゆりさんの電話が鳴く。スマホを見たみゆりさんは、少し嫌そうな顔をしてから電話に出た。


「はい、高山です。……はい、はい。えっ?」


 素っ頓狂な声が漏れたかと思うと、みゆりさんの顔はどんどん青ざめていく。


「すいません、すいません……はい。ありがとうございます。すぐ向かいます」


 電話を切ると、申し訳なさそうにこちらをみる。まあ何となく言いたいことはわかった。なら、言いやすいようにしてやろう。


「何かあったんですよね。俺はもう大丈夫ですよ。今日はすっごく楽しかったです」


「そっか、ありがと。それに、ごめん」


 本当に申し訳なさそうな顔。何か言ってあげたいけれど、何を言ったって何様気取りって思われそうで結局言えない。俺ができるのは、俺への申し訳なさを軽減させるかぐらい。


「謝罪なんていいですよ。こちらこそありがとうございました」


 そう言うと、「バイバイ」と手を振って小走りで去っていく。残念ではあったけど、安心もしている。辛いことは全部吹っ飛ぶって言っていたけど、みゆりさんに押し付けただけなんじゃないだろうか。


 右手に残ったカスタードパンの舌触りはやけにザラザラしていた。

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